第28話
「……深海くんどうしたの?」
奈瀬が教室に入って深海の顔を見るなり、朝の挨拶もせずに思わずそう訊ねた。深海が昨日より明らかにやつれていたのだ。
奈瀬は後ろに振り返り、ランドを見やる。だが、彼はピンピンしていた。
「……昨日ランドに言葉の説明をしていて遅くなった。その後に数学の解答をノートに書いておかなくてはいけないことを思い出して、気づいたら二時だった……」
げっそりとした顔で深海が口だけ動かす。
「……因みにその時間ランドくんは?」
「寝てたよ」
ランドが無邪気に答える。深海は苦笑を浮かべ、机に突っ伏した。
「そう……」
奈瀬は少し深海が気の毒になったが、仕方がない。
昨日同様、深海と奈瀬が授業のフォローをして、昼食は申し訳ないが陽斗の財布を借りてランドが好きなだけ食券を買った。
放課後、三人は諸星が中三までいた施設に足を運んだ。
その施設は入口が一つしかない、二階建てのアパートくらいの大きさの白い建物だった。周りは石垣で固められ、扉の前には錆びた門がこしらえてある。
深海はその門のすぐ右横、石垣の間にはまったインターホンを鳴らした。音が少し掠れている。
『はい』
五十代くらいの女性の声が聞こえてきた。
「白波学院高校二年の深海と申します。諸星さんについてお話伺わせていただきたいのですが、少しお時間いただけないでしょうか?」
『……あの、諸星くんとはどういった関係でしょうか?』
「アルバイトが一緒だったんです。彼が行方不明だと聞いて、いてもたってもいられなくて調べました。それでここまで辿り着いたんです」
(深海くんって嘘つけるんだー)
奈瀬は少し感心した。
『……諸星くんについては警察でも聞かれました。非常に大人しい子です。それ以上お話しすることはありません。せっかく来ていただいて申し訳ありませんが、お引き取り下さい』
そう言ってインターホンは切れてしまった。
「どうするの? 深海くん」
奈瀬が溜息を漏らす。
「ま、わたしなら張り込んで話聞けそうな人捉まえるけど」
「いや、張り込む時間が惜しい。俺は諸星がアルバイトしていたカラオケ店に行ってみる。奈瀬さんが張り込みをするならお願いするよ」
「任せて!」
奈瀬は深海とランドが駅の方に消えていくのを見て、気を引き締めた。
(絶対いいネタ仕入れてみせるんだから!)
深海とランドは電車で渋谷に戻り、駅から徒歩五分のカラオケ店に足を運んだ。平日の夕方は学生で溢れていた。
二人の店員が受付と会計と客の時間管理を忙しそうにこなしている。目まぐるしく変化する客に対応する彼らには話はできなさそうだと判断し、何も言わずエレベーターに乗り込んだ。適当に三階で降りる。
「深海、ここ何? みんな何か持って画面見てるよ!」
ランドが興味津々に、ガラスのドアを除き込む。そのランドの腕を深海が強く引っ張った。
「恥ずかしいからやめろ!」
深海に引っ張られ、ランドは彼を恨めしそうに睨み付けた。
「……今度連れてきてやるから」
この一言でランドはご機嫌になった。
(……俺はランドの母親か?)
深海は深く溜息をついた。と、そこにドリンクを持った店員がやって来た。深海が彼に近づく。
「あの、すみません。ここで諸星くんがアルバイトしていたと思うんですけど」
「はい。諸星なら一ヶ月ほど前までここで働いてましたよ」
大学生らしいその店員は、三つのドリンクをすぐ近くの部屋に持って入った。客に提供してお盆だけ持って出てきた彼に、深海は続ける。
「僕、諸星くんの友達なんですけど、彼ってここではどんな感じだったんですか?」
店員は一度立ち止まって深海を見た。
「諸星は暗かったな。カラオケ店って言っても、所詮客商売だから小さい声でもごもご話していたり、笑顔がなかったりするのは心象が悪いんだ。それで店長にも怒られてたよ。……でも、店長に何か意見を言って揉めたこともあったみたいだったな」
「そうなんですか。揉めた内容って何か分かりますか?」
「確か、ヤンママたちが子供を連れてカラオケに来てたんだけど、その子供がトイレに一人で行ってお母さんがいる部屋が分からなくなっちゃったみたいで。ヤンママたちはヤンママたちで楽しんでて、子供がトイレに行ったことをすっかり忘れて、部屋に戻らないことに気づかなかったみたいなんだ。泣き叫ぶ子供を発見した諸星が、その母親の部屋に怒鳴り込みに行ったって話。ヤンママたちは逆切れで、店長も出てきて平謝りだよ。ま、店長も気の毒だよな」
「……彼って何か変わったところとか、変なところとかありませんでした?」
店員は、うーんと唸って考える素振りを見せてから口を開いた。
「コミュニケーション能力が欠落してるって以外、特に気になるところはなかったな。というか、その印象が強すぎて他が目立たなかっただけかもしれないけどね」
店員は嘲笑気味に言った。
「あの、店長には会えたりしますか?」
「頼んでみてあげてもいいけど、君諸星の友達なんだよね? 店長も忙しいから内容に寄ると思うんだけど、何を聞きたいの?」
「……諸星くん、店長に怒られたり、揉めたりして気を沈めていたんです。だから、詳しく話を聞きたくて……。正直それが原因で姿をくらましちゃたのかなって」
深海は俯いた。店員はじっと彼を見つめて、軽く息を吐く。
「ほんとに頼むだけだよ? ちょっとここで待ってて」
店員が姿を消し、暫くして戻ってきた。
「申し訳ないけど、忙しくて話はできないみたい。だけど、諸星と店長が揉めていたのは、さっき俺が言ったように仕事中の態度だったみたいだよ」
深海は他の階にも向かい、数人の店員に話しかけたが、皆似たようなことしか言わなかった。
彼らの話を聞いた諸星に共通していることは、暗い、何を考えているのか分からない、コミュニケーション能力が低い。だがその他に、自分の世界を持っている、自分の基準を持っている等、芯が強いことも挙げられていた。
深海とランドは聞き込みを終えて、通り際にあった本屋をざっと見てから渋谷駅にやって来た。空は真っ暗だったが、街は眩い光と大きな音で溢れていた。
「ランド、俺は今日自分の家に帰るが、一人で月橋んちにちゃんと帰れるよな?」
深海がランドに確認する。ランドはバッグから定期入れを取り出した。
「これを改札の光ってるところにタッチして通って、電車に乗る。五反田って駅で降りてエスカレーター上って、違う電車に乗り換える。そこから三つ目の荏原中延って駅だろ?」
深海は頷いた。
「じゃあ、また明日な。何かあればすぐに電話するようにな」
深海の言葉に、ランドは彼からもらった携帯電話を取り出して見せる。
「おう! じゃまた明日学校でな!」
深海は階段を下りて地下に入り、ランドはJR改札口に向かった。




