第23話
「よそ見は良くないぜ?」
リリィが双子に攻撃を受けた直後、リゼルは彼女を助けに行こうと体を向けた。しかし、それはディノスに阻まれた。床から突如厚い壁が現れ、部屋を分断してしまったのだ。
「これで集中して戦えるだろう?」
ディノスの笑みにリゼルは舌打ちする。
「舌打ちとは行儀のなってない王子様だな。これはちとおじさんが教育してあげる必要があるかな?」
ディノスはそう言ってロッドを振る。次の瞬間、リゼルは息を呑んだ。
「……これはまさか!」
ボッコンボッコンと音を立てながら沸き立つマグマ。真っ赤に燃える灼熱地獄。熱風に体が熱る。
リゼルの眼下にはさっきまでなかった筈のマグマの海が広がっていた。所々岩が突き出ていて、ディノスとリゼルは別々のそれに立っていた。
「そう、そのまさかさ。これは幻影。俺は相手の脳内を支配できる魔法を使う」
「……なるほどな。それでこの城の人たちを洗脳してるというわけか。……さっきまで左にあった大きな壁も幻か?」
「さあ、どうかな?」
ディノスが分からないといったように広げた両手を白々しく上下させる。
「まあ、どちらにせよ、このマグマが幻だということは分かっているのだから、この景色をないものとしてあなたを狙えばいいわけですよね?」
リゼルは突き出た岩場から半歩空中に右足を前進させる。すると、体重をかけた岩の端がぼろぼろと欠け落ちた。
「――――っ!」
「おや、Sランクの王子様でもご存知なかったかな? 幻影魔法にかかった者は、あくまでその世界にいるように洗脳されている。つまり、いくら本当は周りに何もなくても、その世界のマグマに落ちれば、落ちる感覚、マグマに体が沈む感覚、五感全てがその世界と連動するんだよ。いくら幻と言えど、マグマに落ちると本当に死ぬぜ?」
ディノスは俯くリゼルを見て嬉しそうに笑った。
「王子様、残念だったな。所詮温室で大切に育てられてきたボンボンはボンボンでしかなかったってことだな」
ディノスは再びロッドを構える。
「さて、お喋りはそろそろ終わりだ。さっさとやってユウゴたちの様子でも眺めてるとするか」
ディノスはロッドを振りかざそうと右手を上げ、そのまま静止した。リゼルの体が震えているのを捉え、訝しそうに瞳を細める。
「――――!? ……何がおかしい」
リゼルは体を震わせて笑いを堪えていた。俯いていた顔が正面を向く。
「俺を誰だと思っている? ジュラルデンの王子、召喚魔法の第一人者、リゼル=サンクリードだぞ? これくらいの幻影魔法に対処できないとでも思ったか?」
リゼルは言葉と同時に魔法を発動させた。五本の羽を持ち、尾がすらりと長い、真っ赤な鳥が召喚される。
「これは……!?」
驚きを隠せないディノスにリゼルは鼻で笑った。
「あなたのような方でもさすがにご存知でしょう。こいつはスザリアといって、炎を司る、世界に数羽しかいない貴重な鳥なんですよ。スザリアはまだ幻影にかかっていません。仮にかかったとしてもマグマには強いですし、他の幻影にかかったとしても炎で辺りを埋め尽くしますよ。まあ、スザリアの速さにあなたがロッドの焦点を合わせて幻影をかけられればの話ですがね」
ディノスは悔しそうに歯噛みする。
「あ、それともう一つ言わせていただくと、俺そんな温室育ちのボンボンじゃないですよ? 小さい頃から世界のあちこちを巡って、魔獣たちと召喚契約を結んでましたから。スザリアもその内の一匹です」
リゼルの笑顔にディノスは思わず舌打ちをした。リゼルはそれを見て、冷笑を向ける。
「おや、舌打ちなんて行儀がなってないですね。俺が教えて差し上げましょうか?」
スザリアは素早い動きでディノスを惑わせながら、彼目がけて突っ込んだ。
(リリィ! リゼル!)
陽斗は仲間が戦っているのを間近で見て、心臓が体内から飛び出るかと思うほど早く動いているのを感じた。正面からユウゴがやってくる。彼にくっついていた王子は出入口の陰から彼を見守っていた。陽斗はセルフォードを握る手に力を入れる。
「それ、見たことないロッドだね。剣なんだ?」
陽斗は近づいてくるユウゴが恐ろしくて、セルフォードをただ我武者羅に無秩序に振り回した。
「そんなことしたら危ないよ」
ユウゴは陽斗にダークウォーツを向け、軽くあしらう。陽斗は彼のロッドの赴くまま壁に激突。頭部から生暖かい血が流れ出る。
(……いってぇ)
陽斗はゆっくりと瞼を持ち上げた。
(……あ! こいつ!)
陽斗はセルフォードを床に付き、ゆっくりと立ち上がる。
「頭から少し血が抜けたお陰で、すっきりしたよ。あなた、諸星雄吾さんですよね?」
「――――!?」
諸星は酷く驚き、その場で静止した。渋谷で行方不明となり、神隠し扱いをされていた諸星雄吾。彼がダークウォーツを持って、エスディアを支配している。
「どうして一国の王子がそんなことを知っている?」
彼の言葉には怒気が帯びていた。
陽斗は本当のことを言おうか迷ったが、真実を言ってしまえば自分がランドでないことがばれてしまう。そうすると、この世界が混乱に落ちる。それは避けるべきだと思った。
「おれ、鼻が敏感なんです。この世界の人間の匂いじゃないんですよ、ユウゴさん。それにおれ、相手の名前を知れる魔法使えるんです。だから分かっちゃったんですよ」
諸星が突然動きだし、ダークウォーツを振り回し始めた。彼の怒りに反応して、ロッドの力が増していく。ロッドから炎やら稲妻やら水やらが飛び出す。
「俺はこの世界に来てやっと自分の存在価値を見つけたんだ! 絶対誰にも邪魔させない!」
諸星は狂ったように力任せにロッドから魔力を解放していた。陽斗は彼のロッドから放たれるものをセルフォードで受け流しながら、上達した空間魔法で諸星の背後に回る。そして彼の喉元にセルフォードを押し当てた。
「あっちの世界で辛いことがあったのかもしれない! だけど自暴自棄になっちゃ駄目だ! この世界の人たちにはこの世界の人たちの暮らしがあるんだ! 自分の欲で他の人たちを困らせちゃ駄目なんだよ!」
陽斗の言葉に諸星は耳を貸す様子もなく、陽斗の腕を押してセルフォードを体から離した。そしてダークウォーツを陽斗目がけて振り下ろす。
「――――っ!」
陽斗はセルフォードを横に持ち、ダークウォーツを受け止めた。ダークウォーツの先端の宝玉に衝撃で罅が入る。だが、諸星はその力を緩めるどころか、むしろどんどん力を強くした。陽斗はセルフォードを持ちながら押され、膝を床に着いた。その時――、
ダークウォーツの宝石の罅が広がり、やがてそれはパリンという音を残し、砕け散った。
次の瞬間、ダークウォーツから黒い光と禍々しい空気が勢いよく放出した。外でザアーッと雨の降りだす音が聞こえる。月明かりもなくなり、辺りが暗闇に包まれた。
「ハルト、大丈夫か!?」
リゼルが駆け寄って来る。目が暗さに慣れ、夜目が効く今、陽斗はリゼルが無傷であることを確認し、安堵した。彼がいた方向には、流血しているディノスが倒れている。
「ハルト、無事だったのね!」
リリィも戦闘を終えてやって来た。彼女は体に傷を負っていたが、大事には至らなそうだった。双子は二人仲良く向かい合って倒れている。
「ああ――――――――!!」
いきなりの大声に三人は体を強張らせた。諸星が泣きながら叫び、陽斗たち三人を睨んでいる。諸星が勢いよく立ち上がったため、こちらに向かって来るかと思い構えたが、彼はディノスに駆け寄り、横に落ちていた彼のロッドを使って傷を癒し始めた。
陽斗はリゼルの腕を掴む。
「いいの!? 傷が完全に治っちゃったら、また戦わなくちゃいけないよ!」
「あんなレベルの回復魔法だったら、完全に傷を回復させることは愚か、血を完全に止めることもできない。かといって、死にそうになるまで痛めつけているわけでもないからな。あのまま国に連行するぞ」
陽斗は頷いてリゼルと一緒に諸星に近づく。ブーツのコツコツという音が諸星に迫る。
彼にもう少しで手を掛けようとした時、突然足の自由が利かなくなった。左足に目を向けると、そこにはエスディアの幼き王子がしがみ付いていた。
「お兄ちゃんに手を出さないで!」
二人が王子に気を取られた僅かな隙に、諸星はロッドで魔力を解放し、王子もろとも三人を薙ぎ払った。
陽斗は王子を守るように抱え、背中を壁に激しく打ち付けた。リゼルも背を壁に強くぶつけ、小さく呻く。
「やろう……!」
リリィが三人に駆け寄ろうとした隙に、今度は目を覚ました双子が最後の力を振り絞って魔法を発動させた。ピンクの光が眩しく辺りを照らす。すると、双子と諸星の背に白く美しい翼が生えた。その翼は諸星の意思に関係なく、出口に向かおうと羽ばたく。
諸星は急いでディノスを抱えた。しかし、抱える態勢が整っていなかったせいで、また、思ったより諸星を出口へ向かわせる魔力が強かったせいで、諸星の手からディノスが離れてしまった。双子は既にその場から逃げ去っている。
「ディノスさん! ケイ、ルイ、まだだ! まだディノスさんが!」
諸星が叫ぶが空しく、双子の魔法は彼らに追随するように素早く諸星を連れ去った。
その場には意識を失ったディノス、泣き叫ぶエスディアの王子、傷を負った三人、そして壊れたダークウォーツが残された。




