第22話
翌日、陽斗は時間になるまで、空間魔法と最低限の回復魔法を教えてもらい練習していた。空間魔法の中でも、他のものではなく自分を動かす、所謂瞬間移動のような魔法だ。自分を動かす空間魔法を使うと、周りの動きが止まったように見える。自分の動きの速さは変わらないため、周りからすると、瞬時に移動したように見えるという仕組みだ。
ここ数日で魔法は急激に上達していた。この上達ぶりにはリゼル、リリィとも驚いていたくらいである。
定刻十五分前になって、三人の準備が整った。黒いローブの中にはロッドを携え、ブーツの紐はきつく結んだ。
リゼルが大きな召喚魔獣を呼び寄せる。長く太い尻尾、剥き出しの鋭い牙、長い手足。王子様一人を守るには充分すぎる魔獣だった。名前はフォーガルと言うらしい。
「煌龍を呼ぶぞ」
リゼルが笛を取り出す。水龍の笛と色違いの笛。薄らとした紅色。彼が吹くと、水龍の笛と同じような、鼓膜が微かに振動するような感覚がした。人間の耳では、水龍の笛との音の違いは判別できない。しかし、煌龍は分厚い雲の向こうからすぐにやって来た。
崖の近くの森にいた三人の元へ飛龍が到着する。それは、崖のすぐ横に浮遊して主人の命令を待っていた。大きく立派な翼、長い尻尾。夜で色ははっきりと分からなかったが、月光に照らされて真紅に輝いて見える。
三人はフォーガルとフェリアを残し、煌龍の背に跨る。煌龍はリゼルの意思と通じているように、何も言わずとも目的地へ向かって飛び立った。あまりに速すぎて、一番後ろに乗っていた陽斗としては、振り落とされまいと必死にしがみ付き、気が気ではなかった。
城砦がすぐ近くまで迫ってくる。遠くからでは分からなかったが、よく見ると上の部分に薄い虹色の膜がある。これがリゼルの説明していたバリアだろう。
煌龍の背が一瞬盛り上がったかと思うと、体内から凄まじい業火を繰り出した。
(何だこの灼熱地獄のような熱さは! 目的達成する前に丸焦げになっちゃうよ!)
だがそれもほんのわずかな時間だった。バリアが歪み、消失した個所から優雅に中に入り込む。それから急降下し、見張り台から見つかり辛い低空を飛行した。しかし、さすがに煌龍の吹いた炎に気づき、目的のエスディア城三階の中央テラスに到着する前に見張りの兵士に気づかれてしまった。見張り塔の上からは警鐘が鳴り響く。
「気づかれたか……」
リゼルが舌打ちする。だが、それも想定内のこと。
煌龍の音速を凌ぐスピードですぐに目的地に辿り着いた。素早く煌龍から飛び降り、テラスに着地。そして同時にロッドを手に構える。煌龍はその場から離れ、遥か上空に舞い上がり、姿を消した。
リリィはロッドを手に持つと同時に魔法を発動させていた。強風がテラスのドア目がけて吹きつける。ガラスは粉々になり、残滓が舞う中、扉は勢いよく開かれた。陽斗の目にはその風が美しい女性の姿を成しているように映った。
さすがSランク精霊魔導士だと感心する陽斗。素早いが華麗なる動き。圧巻だった。
三人はすぐに部屋に入り込む。そこに差し込むのは月明かりのみ。薄暗い。
そんな部屋の奥の影から、ゆっくりとこちらへ向かって来るのは、黒く禍々しい雰囲気を放つ杖を持つ青年。その後ろで彼にしがみ付きながら怯える男の子が視界に入る。
「こいつが……!」
リゼルが吐き捨てるように言う。
青年は笑っているのか、怖がっているのか、よく分からない複雑な表情を浮かべながらダークウォーツを三人に向けた。そして彼らのローブのエンブレムを一瞥して、冷笑する。
「これはこれは、三国の王子様、王女様のお出ましですか。随分派手なご登場でしたね」
リゼルもリリィも険しい顔つきをして敵意を放つ。が、陽斗は違った。
(こいつ、どこかで見たことある……)
「こいつの話など聞いている暇はない。行くぞ!」
リゼルはそう言い放つと、一気に魔力を解放し、ティルを召喚した。リリィは王子ごと青年を炎で囲む。その炎は蜥蜴のような形をして彼らを囲むように駆け回ったように見えた。
ティルが牙を剥き出しにして、青年のダークウォーツ目がけて飛びかかる。
青年は一瞬目を細めた。彼の足元には黒く光る魔法陣が現れ、ロッドから禍々しい黒い光が溢れ出す。
彼はそのロッドをティルに向けた。すると、勢いよく青年に向かっていたティルの動きが止まり、宙に浮いた。ティルは成す術もなく空中でもがいている。
青年はティルに焦点を合わせたままのロッドを勢いよく下に振り切った。同時にティルはリゼルとリリィの間を凄い速さで通り抜け、そのままテラスの柵に激突。二人の間には強い風が遅れて吹き抜ける。青年の周りの火は消えていた。
「ティル!」
リゼルがワンテンポ遅れてティルに振り向く。唇を噛み締め、やむなくテラスでぐったりと横たわるティルの召喚を解いた。
「おいユウゴ、凄い音したけど大丈夫か!」
ドアが突然開き、四十手前の顎鬚を生やしたダンディな男性と、中学生くらいに見える少年少女が現れた。
「ディノスさん、ケイ、ルイ!」
ユウゴの表情に笑顔が浮かぶ。
「……おい、仲間がいるなんて聞いてねぇよ」
リゼルが渋面を作り、歯噛みする。
「リゼル、あれ見て」
リリィの視線の先に目をやって、リゼルは目を見開いた。
「あれはイルート人の天馬の杖……!?」
二人の目の先にあったのは、少年少女が持つロッド。男の子の方は杖の先に左だけ翼の生えた馬が、女の子の方は右だけ翼の生えた馬が乗っていた。
二人が杖に気づいたことに気づき、少年が笑う。
「よく天馬の杖を知ってるね。さすが王子様と王女様。その通り、僕たちはイルート人の最後の生き残りさ。この杖は二本で一つ。僕たち双子に相応しい杖だよ。ね、ルイ?」
「そうだね、ケイ。この杖は一本では何の役にも立たないけど、二本になると普通のロッドの何倍もの威力を発揮する。……ただのエリートがあたしたちに勝てるかな?」
双子が楽しそうにニヤリと笑みを浮かべる。
「あたしたちはそこの王女様をやるから、ディノスとユウゴは残りをよろしくね!」
ルイのその発言と同時に、彼女たちは一気にリリィに襲い掛かってきた。
「くっ!」
リリィは正面から突っ込んでくる双子に向かって正面にバリアを張る。しかし、それと同時に双子は上空に飛び上がった。彼らは手を繋ぎ、反対側の手には握られた天馬の杖。上空に舞い上がった二人は落ちることなく、浮遊を続けている。それぞれの背に杖と同じ片方の翼が生えていた。
「上!?」
リリィがそう叫んだ瞬間、ルイがにっこりと微笑みながら、冷たく言い放つ。
「遅いよ」
双子の杖からピンク色の光が飛び出した。そして轟音が響きわたる。床には罅が入り、一部は抜け落ちる。
「楽勝♪」
ケイとルイが右手でハイタッチを交わす。その直後、二人は雫が水溜りに零れ落ちたような微かな音を察知し、すぐさまその方向に顔を向けた。
「……楽勝? 笑わせないでよ」
髪から水が滴り落ちる。リリィがその場に立っていた。
双子は信じられないといった様子でその場に立ち尽くす。
「何で……?」
弱々しく漏れ出た言葉に、リリィは美しく微笑んだ。
「さあ、何でかしら? 私にはね、精霊の加護がついているのよ!」
双子は一歩下がって、顔を引き締める。歯を食いしばり、顎を引いた。
「今度はこっちから行くわよ!」
リリィの足元の魔法陣は青白い輝きを放った。




