第21話
窓の外、灰色の分厚い雲が覆い被さる空をディノズが見上げる。
「雲行きが怪しいな……」
窓はディノスの背を優に超えるだけの高さと、そして幅がある。横には品のある赤いカーテンがゆったりとまとめられている。
ディノスの言葉に反応するように、ケイとルイが隣にやって来た。彼らは同じように空を見上げ、眉根を寄せる。
「ディノス、いつもと一緒じゃないかー。年で目がおかしくなっちゃった?」
ケイが手を頭の後ろで組んで、元いた赤いソファに向かって歩いていく。
「ケイの言うとおりだよ? いつもと同じ、どんよりとした空が広がっているだけだよ!」
ルイもそう言って、ケイの向かいのソファに腰を下ろした。彼らは構わずトランプの続きを始める。
まだ齢四十にも満たないのに、年だと言われるのは心外だと思いつつ、まだ十四歳の彼らからしたらそれも当然のことかと、ディノスは人知れず溜息をつく。
「そんなことよりさ、ユウゴ大丈夫かな? まだディノスの魔法効いてる?」
ディノスはカーテンをまとめていた金の綱を緩め、重いそのカーテンを閉めた。そしてケイの隣に座る。
「大丈夫だ。問題ない」
ディノスがそう答えるのと同時にトランプが終わり、ケイが勝利した。ルイは長い髪の先をいじくりながら不服そうに口を尖らせている。
「もう一回! 今度はディノスも一緒にやろうよ!」
ルイがディノスに笑顔を向けるが、彼は首を縦に振らなかった。
「悪いな、ルイ。ちょっとユウゴの様子を見てくるよ。次はケイに勝てるといいな」
ディノスが立ってルイの頭をぽんと撫でる。それから彼は部屋を出た。
廊下には豪華な絨毯が敷かれている。ディノスはその上を歩きながら、一つ下の階へと向かった。中央にある大きな両扉の部屋。その扉を開くと、目線の先にいた少年が長い背もたれの椅子から立ち上がり、駆け寄って来た。
「ディノス! 今日もユウゴが新しい魔法教えてくれたんだよ! ロッドから炎を出せるようになったんだ!」
「王子様、それは良かったですね」
ディノスは、自分より大きなロッドを持って走ってきた幼い王子を屈んで受け止める。
王子の後から若い青年が付いて来る。
「ディノスさん、どうしたんですか?」
ディノスは王子を自分の体から優しく引き離し、立ち上がった。
「いやね、ユウゴ何してるかな、と思ってさ。何だか外を見て、雲行きが怪しくなっているような気がしたんでね」
言われてユウゴはいくつもある大きな窓の内の一つに近づき、空を見上げた。いつもと変わらない空がそこには広がっていた。だが、ユウゴの顔つきは険しい。
「確かに何か嫌な感じがしますね。上手くは言えませんが……」
外を見つめるユウゴを視野に入れ、ディノスは呟く。
「本当にいいのか? 俺たちと一緒で」
窓の外、少し後方に広がる笑み一つない住民たち。彼らはストレスで酷く疲れているように見えた。それを一瞥して、ユウゴは勢いよく重いカーテンを閉める。
「いいんです。俺は生きる意味を与えてくれたディノスさんに付いていくって決めたんです。……心配しないでください。何かあっても俺がこのロッドでディノスさんたちを守りますから!」
ユウゴは黒く輝くロッドを両手できつく握りしめる。先端の漆黒の宝玉の中は更に黒い禍々しい何かが渦巻いていた。
*
橙の三日月が昇る静謐な夜、三人は既にエスディア城が目前の場所にいた。
陽斗はいつものロッドではなく魔法剣セルフォードを使い、空間魔法の練習。リリィは本を読んでいた。そこに紙を持ったリゼルが近づいて来る。
「二人とも、ちょっといいか?」
三人は焚火の前に集合した。リゼルの紙には、エスディア城の見取り図が描かれている。それを広げながら、彼が説明を開始する。
「今回の目的は、王子様、そしてエスディアの民を謎の青年から救出することだ。そのためには、ダークウォーツを持つ青年を倒す必要がある。だが、そのロッドと青年の能力が分からない以上、昼間に戦闘を仕掛けるのは危険な賭けだ。今回は三人という限られた人数で倒せる可能性のある方法を取る必要がある。……青年が寝ているところを狙う」
陽斗は紙から顔を上げた。
「夜に仕掛けるってことだよね。……あのさ、狙うってまさか殺すわけじゃないよね?」
リゼルは少し黙ってから、静かに口を開いた。
「場合によっては殺すこともあり得る……。あくまでエスディアの平和を守るためだ」
陽斗は無意識的に唾をゴクンと呑み込む。怖い。そんな素直な感覚が彼を支配する。鼓動が徐々に早くなるのを感じる。
(いくら平和を守るって大義名分があっても、おれ人なんて殺せないよ……)
両拳をきつく握る陽斗を見て、リリィがその手を自分の手を重ねる。
「ハルト、大丈夫よ。あなたは私たちが命を懸けて守るし、ダークウォーツを取り上げることができれば青年だって殺さなくて済むかもしれないわ」
リゼルはそれを見ながら、小さく息を吐いた。
「王子様の寝室は三階の中央。その部屋にはテラスがついている。そこに降り立ち、王子様を一先ず安全な場所へ送る。といっても、安全な場所がどこか、と聞かれても分からない。今いる場所を拠点として、そこに俺が魔獣を召喚し、王子様を守るよう命令しておくつもりだ。ここまで王子様を送るのは、ハルトの空間魔法だ」
リゼルは一段と表情が強張る陽斗を見据える。陽斗が弱弱しく頷くのを確認してから、話を続けた。
「ティルは必要なら向こうで召喚する。青年についてだが、もしかしたら王子様に付きっ切りで、同じ部屋で寝ているかもしれない。王子様しか見ていないと、その隙をついてやられる可能性もある。そういうことも頭に入れておいてほしい」
リゼルは一度区切ってから、城へ向かう方法について説明した。
「ここから見ても分かると思うが、エスディアを囲む城砦は思ったより高い。それに耐魔法用のため入ることもできない。更に、上空には城砦からバリアが張られ、城を囲んでいることも想定される。ここから城まではそう遠くない。よって、明日の定刻になったら、煌龍を呼び寄し、背中に乗って空から一気に王子様の部屋まで行く。バリアは煌龍の吐き出す灼熱の炎で歪ませる。バリアが剥がれたその瞬間を狙って中に入り込む。空から行くといくら夜とはいえ、見張り塔の者に見つかる可能性が高い。そいつが操られているとすると、城内にすぐに連絡がいってしまう。だが、それでも向こうに戦闘準備する時間はないはずだ。素早く行動するのが成功の鍵だ。各自肝に銘じるように。明日のミッション開始時刻は2400とする」
陽斗は今にも鳴りそうになる奥歯を噛み締め、僅かに首肯した。




