第20話
(エスディアの大陸まで息が続くほど短い時間で向こうまで行けるのか!?)
一分ほど経って、限界がやってきた。
(おれ、全然知らない世界で窒息死するんだ……。別に海に潜らなくてもよかったのに、どうでもいいことで死ぬんだな……)
陽斗はとうとう口を開けてしまった。ぼんやりと辺りを包む蒼を眺める。
そこで、陽斗の瞳孔が一気に拡張した。
(海水が目に入ってこない……? 息苦しくない?)
陽斗は激しく呼吸をしながら、自分の手足を見た。服が濡れていない。よく思い出してみると、陽斗が海に潜った時、水に濡れた感覚がなかった。あの時は、急いで息を止めなければ、という思いに駆られ、それ以外のことに頭が回らなかった。
「どうした、ハルト? 気分でも悪いのか?」
リゼルが後ろに振り向く。彼はげっそりとした顔の陽斗を見て、嘲笑した。
「……どうしたもこうしたも、普通水の中に入ったら、息できないって思うでしょ! 酸欠だよ! 何で教えてくれなかったの!?」
ぜいぜいしながら、陽斗は嘲笑するリゼルを睨み付けた。
「それは済まない。すっかり忘れていたんだ」
後ろの会話を聞いていたリリィは一つ溜息をついてから、リゼルと陽斗を一瞥した。
「リゼル、ハルトに謝りなさい? ハルト、ごめんなさいね。私もきちんと伝えれば良かったわね。水龍に触れていると、水の中にいても陸にいる時と同じコンディションになるの。リゼルのことはこういう性格だから許してあげてね? 彼、計算で動くようなちょっと冷たい人間なの。それで、自分の身に降りかからない問題に対しては、楽しむ傾向にあるのよ。一言で言うと、腹黒いのよね」
リリィの言葉にリゼルが眼鏡を掛け直す。
「冷たい人間とか腹黒とか、酷いな、リリィは。もっと他に言い方あるだろ? まあ、今回のことは確かに俺が悪かったな。笑ったこと謝るよ」
リゼルは陽斗に頭を下げる。一応、悪いと思ったことはきちんと謝れる人間らしい。
「……許すのは今回だけだからな?」
陽斗は嘆息する。
「ハルト、でも安心して。リゼルはこう見えて、仲間は凄く大切にするから。ハルトが本当に危なくなったら、絶対にリゼルは助けてくれたと思うわよ。ねぇ、リゼル?」
リリィに言われ、リゼルは捻っていた上体を戻して前を向いた。
「さあ、どうかな?」
陽斗からはリゼルの表情を読み取ることはできなかったが、リリィは微笑していた。
やっと落ち着いてきて、周りの素晴らしい光景を楽しむ余裕が出てきた。
思ったより海の深いところを物凄いスピードで進んでいる。遠くにいる魚は目で確認することができたが、比較的近い魚は影が残像のように残り、そして次々と消えていった。
上を見ると、光が射して白く輝いていた。その辺りは水の色が淡泊だったが、周りは濃い青に映った。
景色を楽しんでから、数分が経過した。
「そろそろ上がるみたいよ」
徐々に水龍が上昇していく。ライレーンにいた時より、海へ差し込む光が少なくなったように感じた。水龍はゆっくりと外気に体を晒す。
眼前に広がるのは、禍々しい雰囲気を帯びた陸地。空に眩い太陽はなく、厚い灰色の雲に覆われていた。ライレーンと同じ緑地のはずなのに、天気のせいか黒っぽく感じた。
三人はエスディアの地に降り立った。水龍は役目を終えると、海に溶け込むように姿を消した。
「何だか、嫌な感じね」
リリィが眉を顰める。
「ああ。どうやらダークウォーツの噂は本当だったようだな……」
リゼルも眉間に皺を寄せる。それからすぐに陽斗に向き直った。
「ハルト、何をぼさっとしている? 早くフェリアを呼び寄せないと可哀相だろ」
リゼルに言われて、陽斗は慌ててロッドを手にした。一度感覚を掴めば何てことはない。自転車に乗れるようになるのと同じだった。一度乗れても、初めの内は気を抜くと倒れてしまうが、感覚を掴めば簡単に乗れてしまう。魔法のコントロールも同じだった。
陽斗はロッドを手に、海のその先を見つめた。目を閉じてイメージする。フェリアがいる場所、ここまでの海の道。そしてここ、エスディアの大地。それらを一つに繋げる。
「これだ!」
陽斗は開眼し、力を放出した。魔法陣が飛び出し、ロッドから金の光が溢れる。イメージを保ったままロッドの先をフェリアの方向に向け、それを力強く引き寄せた。そして、ロッドを勢いよく地に突く。すると、そこにフェリアの残像が出来、やがてそれが濃くなって実体となった。
フェリアが嬉しそうに陽斗の頬を舐める。
「フェリア、よく待っててくれたな!」
陽斗はロッドを腰に下げ、フェリアを両手で撫でた。
そんな陽斗の様子を見ながら、リリィは驚いたように口をぽかんと開け、リゼルはふっと微笑していた。
「ハルトも戦闘でちょっとは役立ちそうだな……。さ、早くエスディア城へ向かうぞ」
三人はティルとフェリアに乗り、暗雲の立ち込めるエスディア城へと急いだ。




