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Another World  作者:
第一章 神隠しの謎を追え
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第2話

 目覚ましが激しく鳴っている。布団を被るがその甲斐も空しく、仕方なく手探りで時計を見つけてアラームを消した。だが、その努力も空しく、ドタドタと階段を上る音が聞こえる。それはやがて近づき、勢いよく扉が開いた。


「陽斗、今日から学校でしょ! 早く起きなさい!」


 一気に被っていた布団を剥がされた。肌寒い。


(そうだ、今日から学校だった……)


 母親に言われるまま、ベッドから降りて学校へ行く支度をした。久しぶりに着る制服。ネクタイを緩く締める。


 階段を下りてリビングに入ると、机の上には既に朝食が用意されていた。時間が経ってトーストの裏側がしなっている。


「沙雪は?」


 陽斗は椅子に腰掛けながら、いつも同じくらいに起きる妹がいないことに気づいた。


「今日は部活の朝練があるって、さっき出て行ったわよ」

「ふーん」


 陽斗は冷めた食パンを口に詰めながら、音の流れるテレビに目を向ける。


『続いてのニュースです。渋谷で高校生が行方不明になった事件から一ヶ月が経ちました。警視庁は全力をあげて捜査に当たっていますが、依然何の手がかりも掴めていません』


 テレビの女子アナが淡々と原稿を読む。


「もう、あの事件から一ヶ月が経ったの? 月日が流れるのは随分早いのね。陽斗も学校渋谷なんだから気をつけなさいよ」

「分かってるって」


 トーストをコーヒーで流し込み、バッグを背負うよう持って家を出た。


 学校は比較的近い。最寄り駅までは十分程歩くが、電車に乗っている時間は二十分もかからない。東急池上線で五反田まで行き、そこで山手線に乗り換えて三駅で渋谷に到着する。近いのは有難いが、込んでいる電車はいつまで経っても慣れない。特に嫌なのが、二日酔いのサラリーマン。込んでいるせいで身動きが取れず、避けたくても避けられない。体に消臭剤でもかけてきてほしいと思う。


 渋谷の朝は、テレビでいつも見る程の人はいない。渋谷が本格的に目覚めるのはもう少し経ってからだ。


 学校は渋谷の駅から十五分程歩いた所にある。過去の教えを尊重しつつ、敏感に変化を感じ取り、時流にも適応し変容していく。私立白波学院高校。


 正門を通過すると、桜吹雪が宙を舞った。仄かに色づくピンクを見ると、今までがリセットされてこれから新しいことが始まるという、清々しい気分になる。


 陽斗はすぐ前に生徒の人だかりを捉えた。掲示板にクラスが発表されている。


 自分の名前を探し、D組の列にそれを見つけた。肩にかかったバッグをかけ直し、教室へ向かう。だが、その足がピタリと止まった。何かの違和感を目の端で捉えたのだ。


 違和感の正体を突き止めようと再び掲示板に目を戻す。そして、判明した。右端に小さく書かれていた高校二年の全生徒数。昨年より一人増えているではないか。


(高校二年で転校生……?)


 まあ、そういうこともあるかと自分を納得させ、陽斗は教室へ向かうことにした。


 下駄箱で靴を履き替え、階段を一つ上る。左の廊下を進み、突き当たり左に二年D組の表示を見つけた。開いた扉から教室に足を踏み入れる。


 教室は意外とがやがやしていて、既にサークルが出来ているように見えた。随分と動きが早いなと思ったが、よく観察してみると、皆一年の時のクラスメイトと会話をしているだけのようだ。


 少しだけ安堵して、空いている席を探す。クラス替え初日は席がまだ決まっていない。


 皆が春の陽気で浮足立つ中、一人窓側の一番後ろの席に座って本を読んでいる男子生徒がいた。難しそうなタイトルのハードカバー本を爽やかな表情で読んでいる。大勢の中で、一人だけ違う行動を取っていると目立つものだ。明らかな違和感。


(インテリか……?)


 陽斗は空いている窓側の席に座ろうとした。やはり不動の人気を誇る窓側は、悪目立ちのインテリの前しか空いていない。陽斗は諦めたようにその席に腰を下ろした。形状が同一の椅子と机でも、今までと違う感覚がする。


 始業のチャイムが鳴って、新しい担任が入ってきた。黒縁メガネをかけた若めの女性。グレーのスーツが決まっている。黒い髪を後ろで一つに束ね、しっかり者の印象を与える。黒板に書いていたが、中森先生というらしい。


 中森先生は出席簿を開き、予習をしておいた生徒の名前を一人ずつはっきりと読み上げた。そこで陽斗は後ろに座るインテリの名前を初めて知ることとなる。


「深海諒くん」

「はい」


 いかにも優等生といったように大きくはきはきと返事をするものだと思っていたが、予想は外れた。少し掠れたハスキーボイスで、ただ機械的に返事をした、という感じがした。恐らく彼は先生を見ていない。先生は深海を一瞥しただけで、特に言及しなかった。


 中森先生は全員の名前を呼び終えると、満足したように出席簿を閉じ、教卓に音を立てて置いた。


「はい、じゃあ皆廊下に出て。始業式が始まるから。講堂で並ぶ順番は今出席簿で呼んだ順番ね。始業式から戻ってきたら、その順番で座席に付いてもらうから」


 先生は生徒を廊下に促すように手をパンパンと叩いた。先生の意図通り、生徒が教室を出て行く。


 お互いの苗字を確かめながら五十音順に並び、すぐ横の渡り廊下を渡って講堂に向かった。


 中森先生の事務的な挨拶のお陰で、D組は全クラスの中で二番目に講堂に到着。ホールのように段々になっていて、折り畳まれた赤い椅子たちが並ぶ。


 生徒たちは緩やかな階段を下り、中森先生が指示する椅子に腰を掛ける。そして他のクラスが揃うまで周りの友達と喋り始めた。人数が多くないせいか、少し声が反響する。


「月橋陽斗くんだよね?」


 突然自分の名前を呼ばれて、陽斗はドキリとした。右隣に座っていた女の子がこちらを向いて微笑んでいる。量の多い髪を二つに緩く束ね、ぱっちりとした二重が印象的の可愛らしい顔立ちをしていた。


 陽斗が怪訝そうな顔で首肯すると、彼女それを確認して言葉を続けた。


「わたし、奈瀬冴歌。よろしくね」


 奈瀬が口角を上げ、完璧なまでの笑顔を見せる。


「突然なんだけどさ、今日、クラス発表の掲示板見た時、学年の人数が増えてるの気づいた?」

「う、うん」


 本当に唐突だなと思いつつも、返事をする陽斗。何を言わんとしているのか解らない。


 辺りは徐々に人の声が講堂を包んでいた。D組に続いて、他のクラスも集まり始めている。


「この学校は転入者を募っていないから人数が増えることは珍しい。わたしたちの学年は高二に上がれなかった生徒はゼロ。留年もゼロ。つまり、確実に一人増えているということ」


 陽斗は首を傾げながらも、静聴する。


「うちの学校は一応名門私立だし、転入できるならお偉いさんのご子息だと思うの。で、調べたの」


 奈瀬は自分しか知らないことを誰かに言いたくてうずうずしている幼い子供のようだった。


「月橋くんの後ろに座ってた男の子。深海諒くん。彼だよ」


 誰も二人の話を気に留めていない。皆それぞれの話に夢中になっているのだ。


「深海……。それで、あいつはどこのお坊ちゃんなわけ?」


 金持ち。少し冷めた目を向けると、奈瀬は満面の笑みを浮かべた。


「彼のお父様はね、凄いよ。何と! 警視総監なんだよー」

「警視総監!?」


 奈瀬は陽斗の反応に非常に満足したようだった。陽斗は驚きのあまり、周囲を気にせず後ろを見やる。左の方に孤独に座っている深海が映った。


「彼のお父様が凄いのは分かったと思うけど、実は彼自身も凄いんだよ。彼がこの時期に転入してきた理由知りたくない?」


 奈瀬は得意げに胸を張る。


「知りたいけど……、おれは奈瀬さんが何でそんなに詳しいのかを先に知りたいよ」


 深海が凄いのは解った。だが、そもそも奈瀬冴歌という人物にも不思議がある。


 奈瀬は納得したように頷いてから口を開いた。と、同時に始業式が始まってしまった。辺りの照明が一時的に落とされる。


「また後でね」


 彼女は小さい声でそう言うと、光の当たる壇上へ視線を移動させた。

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