第18話
夕方、空が赤く染まり、それも徐々に濃い藍へと変化した。東京よりも多い星々が美しく輝いている。
まだライレーンの大陸にいるということ以外、陽斗は今どこを走っているのか皆目見当がつかなかった。
ティルが走る足を緩める。フェリアもそれに倣い、パッカパッカと蹄の音の感覚が広くなる。
「今日はここらへんで休もう」
二人はティルから降り、野宿の支度を整え始めた。
リリィが近くの川辺から拾ってきた石を円形に並べ、陽斗が枝葉を集めてその中心に放り込む。ティルは川を泳ぐ魚を持ち前の素早い動きで次々と仕留めていた。魚が陸地へ放られるのと同時に、リゼルは陽斗とテントを組み立てる。
準備が整うと、リゼルは自分のロッドを取り出した。
彼のロッドはそのものが炎を宿しているような美しさがあった。温かみのある橙と赤の二色が入り混じった透明の水晶か何かでできる。上の方には八面体の宝石が乗り、それを包むように緩い螺旋が走っていた。
リゼルがロッドを正面に持ってきたのとほぼ同時に、彼を中心に輝くばかりの赤い魔法陣が広がり、浮かび上がった。それは辺りの暗闇を下から照らす。彼がそのロッドでティルに十字を切ると、毛並みの良い魔獣はその場から一瞬にして姿を消した。
リゼルは枝葉の方に向き直り、今度はロッドを一振りする。すると、陽斗が集めた枯葉や枝にボッと明かりが灯り、ジリジリと点火した。
ティルの召喚を解いた時と火を起こした時とでは、魔法陣が少し違うように映った。
ティルが捕ってくれた魚を焼きながら、陽斗はリゼルに訊ねる。
「あのさ、さっきリゼルの魔法陣の模様が変化したように見えたんだけど、それって気のせい?」
「いや、気のせいじゃない」
焚火の音がパチパチと鳴る。
「呪文とか唱えなくてもいいの?」
「ああ。上のランクにいけば、念じるだけで魔法を唱えられる。それに合わせて魔法陣も自動的に変化する」
(便利だな……)
丁度良く焼けた魚を取り、口に含む。白く柔らかい身が舌に転がる。
「あのさ、おれも魔法唱えられるのかな? 練習してみてもいい?」
陽斗は右に置いていた王から貰ったロッドを手に取りつつ立ち上がった。すると、すぐに勢いよく金色の光と魔法陣が飛び出した。風が魔法陣を中心に渦を巻くように強くなる。
「いきなり持つな! 気をつけろ」
陽斗は早々にリゼルにロッドを取り上げられてしまった。陽斗のロッドは二人のそれに比べてかっこよさに欠ける。これは、王が代替として陽斗に与えてくれたものだ。恐らく、ランドが持っているロッドが素晴らしいのだろう。
「まずは魔法量をコントロールするところからだ」
リゼルが自分のロッドを片手に教えてくれる。
「力はロッドに吸い込まれるように体内を流れる。そのロッドに流れ込もうとする力を食い止め、逆流させるんだ。ロッドを持つ手以外を力が循環するイメージだ」
リゼルにロッドを差し出され、陽斗は今言われたことに気を付けながらロッドに触れる。しかし、持った瞬間先ほどと同じ現象が起きた。再びリゼルがすぐにロッドを奪取する。
「まあ、最初からできるわけないから、徐々に練習していきましょう?」
リリィは少し疲れた顔をしている陽斗に微笑んだ。
「でもそこはなるべく早く習得した方がいいわ。魔法量をコントロールできないということは、無駄に魔法を体外に放出しているということだから、体力の消耗も激しいのよ」
(だからちょっと持っただけでこんなに疲れるのか……)
陽斗はその場に座り込んだ。
(こんなんじゃ、いくら大魔法使い並みの魔法量があっても意味がない。相手にすぐにやられる……)
陽斗は少し休んでから、また挑戦することに決めた。
休憩の間、陽斗は自分のバッグに入れた、小屋から持ってきたハードカバー本を取り出した。
表紙に題名が書いてあるが、読めない。
「あら、その本どうしたの?」
リリィが陽斗の隣から顔を覗かせる。
「あの小屋に落ちてたのを持ってきたんだ。……これ何て読むの?」
陽斗は表紙の文字を指差す。すると、陽斗のすぐ後ろから声が聞こえた。
「『最後の黙示録』」
陽斗はさっと体を捻る。そこにはリゼルが立っていた。
「『最後の黙示録』? どういう意味だ?」
陽斗が眉根を寄せて、そのタイトルを凝視する。
「それはその本を読んでみないと分からない」
リゼルは陽斗の右側に腰を下ろした。
「黙示録は、神の国の到来、地上国の滅亡を意味しているわ。けれど、それが分かったところでこの本が何を言わんとしているのかは、リゼルの言うとおり読んでみないと分からないわね」
陽斗はまじまじとその本を見つめた。それから顔を上げる。
「どっちかこの本を読んでおれに内容を教えてくれない?」
陽斗はリゼルとリリィを交互に視界に収める。彼らはお互い目を合わせ、リリィは微笑み、リゼルは口を開いた。
「俺は意外と読書は好きな方だからハルトの頼みを聞いてやってもいいんだが、今回はリリィに任せるよ」
リゼルはメガネを掛け直した。
「リゼルにはエスディア城でどうやって戦えばいいのかを考えてもらわなくちゃいけないから、わたしがその役を引き受けるわ。もしかしたら何かの手がかりになるかもしれないしね」
リリィはにっこり微笑み、陽斗から本を受け取った。
「あの小屋で開かれたままだった本を持ってきたんだろ? ハルトがこの世界に来た時から開かれていたということは、その本を直前に読んでいたのはランドだった可能性が高い」
陽斗はリリィに渡したその本に再び目をやる。
(ランドがあっちの世界に行くときに読んでいた本……。意味深な題名だが、何か意味があるのか? それともただの偶然……?)
リリィは早速本のページを捲り、黙読を始めた。
「ハルト、お前も早く魔法量コントロールの練習をしなくてもいいのか?」
陽斗は慌てて立ち上がり、再びロッドを片手に練習を始動させた。




