第15話
ランドは腕を組んで、うーんと唸る。
「それが……オレにもよく分からなくて。フェリアに乗ってちょっと城から離れた小屋にいたんだ。そしたら小屋がぐらって揺れた気がして、それで体勢を崩しちゃったんだ。それで気づいたらあの場所にいたって訳で……。ここは、きっとオレがいた世界と違う世界だ」
(こことは違う世界……)
深海も信じられないでいた。だが、今起きている現象の説明がつかない。陽斗が何かの加減で記憶が錯綜し、自分を想像上の人物ランドだと思い込んでいると仮定しても、あの服装と杖、その杖から放たれた、今まで感じたこともない力の説明がどうしてもつかなかった。これを解明できない限り、深海はランドの言っていることを信じる他に選択肢はなかった。
「ランドくん、フェリアって?」
「オレのテルットだよ。とっても賢いんだ!」
「テルット?」
奈瀬が更に訊く。
「うん。頭に角が一本生えた、足の速い動物。大抵の人はそのテルットの背中に乗って移動するんだ」
「ふーん」
奈瀬は自分のバッグから取り出した手帳にメモしながら話を聞いていた。そのペンが止まると、彼女は深海に目を向けた。
「……それにしても、月橋くんってどこ行っちゃったんだろ? まさか、ランドくんの世界に行っちゃったんじゃ……?」
心の底で、頭のいい深海が否定してくれたら、安心できると思っていた。だが、答えは奈瀬の予想通りだった。
「恐らく奈瀬さんの言うとおり、月橋はランドの世界に行ってしまったと考えるのが自然だ。あのタイミングで月橋が消え、代わりに月橋そっくりのランドがあの場に現れた。奈瀬さんはあの場所にずっといて月橋を見ていてくれていたし、そんな状況下で別人と入れ替わり、どこかに隠れているなんていうのは不可能だ。……異世界とか、そんな非科学的なことは信じたくないが、今のところ信じざるを得ないな」
深海は深く息を吐いた。
「だが、問題はこれからだ。ランドを元の世界に戻し、月橋をこっちの世界に取り戻す方法を考えなくてはならない。更に、すぐに月橋をこちらに戻せない場合、ランドには悪いが、月橋の振りをしてもらうことになる。月橋の親御さんも心配しているだろうし、家に行かないにしろ、連絡は必至。それに学校も行ってもらわなくては……」
「渋谷で行方不明事件があったばっかりで、無連絡で登校しないのはマズいよね……」
奈瀬の言葉で、深海は、そうか、と呟いた。
「行方不明になっている諸星は、向こうの世界に行ったのかもしれない。だからいくら探しても見つからないし、遺体も出てこない!」
奈瀬は脳の回路が繋がったかのように目を見開き、感動し、大袈裟に頷いた。
「きっとそうだよ! じゃあ、諸星くんについても引き続き調べていったら、向こうへの行き方の手がかりが何か掴めるかもしれないね!」
深海も嬉しそうに首肯する。
「とりあえず、明日の朝早くに美竹公園のあの場所に行ってみよう。もしかしたらランドと月橋が入れ替わるかもしれない。もしそれが駄目でも、何らかの手がかりが得られるかもしれないしな」
三人は明日朝七時にあの場所に行くことに決めた。
「でも、もし月橋くんが戻ってこなかったら、ランドくんが学校行くことになるんだよね? そしたら制服必要になるよね?」
奈瀬の指摘に深海は再び嘆息する。
「月橋くんが戻らないっていう万が一に備えて、わたし知り合いから男子の制服を借りておくよ。もう卒業してて、制服いらないって言ってた人いるから」
奈瀬がそう言うと、深海は「助かるよ」と呟いた。
「あのさ……、オレ今日はどうすればいいの?」
ランドは話の進みが速いことに戸惑いながら、それでも自分のすべきことを把握しようとした。
「ランドは今日、月橋の家に電話して、俺の家に泊まる」
「……電話?」
ランドの周りにクエッションマークが沢山浮かんでいるように見える。
深海は片手を額に当て、短く溜息を漏らした。
「済まない……。電話というのは、自分が話したい相手とどこにいても会話できる機械だ。それで月橋の親御さんに、今日は俺の家に泊まることを伝えてほしい。……分かったか?」
「わ、分かった」
ランドの回答から、完全には理解していないことは容易に分かったが、説明よりも実際にやってみてからの方が分かることも多い。深海はスマホと、今日貰ったばかりの連絡網を取り出した。
「今からこれで電話をする。これが携帯できる電話機だ」
深海はランドに携帯を見せながら、説明を開始する。
「親御さんと会話をするに当たって想定される内容は二つ。一つは、なぜ自分の電話からかけてこないのかということ。固定電話に息子の番号を登録している家では、息子が自分の電話でかけていない事がすぐにばれてしまう。親御さんは不思議に思うだろう。その時は、俺が携帯を出して家の電話番号を押すように言った等、成り行きだと適当に返すこと。恐らく深くは突っ込んでこない。もう一つは、俺の家に泊まるなんて迷惑かけるから帰って来いというもの。その話が出たら俺が代わる」
深海はここで一度区切ってから、会話での注意点を挙げた。
「そして、会話の中で気をつけるべきことがある。俺のことは深海と呼び捨てにすること、そして電話の相手を呼ばないことだ。恐らく母親が出る可能性が高いが、月橋が母親を何と呼んでいるか分からない以上、母さん等勝手に呼ぶのは危険だ。それと、ご家族は月橋のことを陽斗と呼ぶはずだ」
深海が話し終えた後、奈瀬が付け加える。
「ランドくん、緊張するのは分かるけど、落ち着いて、月橋くんになりきることが大切だよ。月橋くんのこと知らないだろうけど、おどおどしていたら怪しまれるから、電話している最中は、自分がランドであることを忘れた方がいいよ」
ランドは緊張の面持ちで何度も首を縦に振る。
「じゃあ月橋の家に電話するが、ランド、大丈夫か?」
深海の言葉にランドは弱弱しく頷いた。少し泣きそうに見える。
深海は不安そうな表情を見せたが、連絡網を見ながら番号を押していった。それからランドに携帯を手渡す。
「準備ができたらここのボタンを押す。押したらコール音が流れるが気にするな。相手の声が聞こえたら会話スタートだ」
「分かった……」
ランドは一度深呼吸をしてから、深海に言われたボタンを押して、携帯を耳に押し当てた。深海も奈瀬もランドのすぐ横で聞き耳を立てる。
コール音が鳴っている。三回ほど鳴ると、女性の声がした。
『もしもし』
「も、もしもし……?」
深海と奈瀬は二人で残念そうに頭を抱えた。最近では苗字を名乗らない家も増えている。ランドに言っておけば良かったと若干の後悔の念が押し寄せる。
『? 陽斗?』
「そ、そう。オレ、ハルト」
(……これじゃ、まるでオレオレ詐欺だ)
深海の口からは思わず溜息が零れる。
『誰の電話で電話してるの?』
「えっとこれは……、フカミのなんだ」
『深海? 誰それ?』
「オレの友達……」
ランドは今にも泣きそうな顔をしながら深海に助けを求めている。
『へぇ、新しい友達できたのね。で、何で深海くんの電話で電話してるの? 電話代かかるじゃない。自分の電話で電話してきなさい』
「いや、これは、フカミがその、無理やりオレに番号を押すようにって……」
深海が見かねてランドから携帯を奪取した。
「もしもし、はじめまして。月橋くんのお母さんですか? 僕、月橋くんと同じクラスになった深海と申します。いつも月橋くんにはお世話になっております」
『……こ、こちらこそ、お世話になっております』
「すみません、僕が無理やり月橋くんに家に電話するように促してしまったんです。今、月橋くんは僕の家にいまして、今日うちに泊まっていってくれないかと思って、お母さんにお電話差し上げたんです」
『あら、そうなの。……気持ちは嬉しいんだけど、申し訳ないし、ご迷惑おかけしちゃうと思うので、陽斗には帰ってくるように言ってくれるかしら?』
「いえ、迷惑なんてとんでもありません! 僕が月橋くんを引き止めてしまっているんです。今話が盛り上がってしまっていて、僕の父も月橋くんを家に連れてきて一緒にご飯を食べたいと申しておりましたので、せっかくの機会ですので今日うちに泊まっていってくれる様に月橋くんを説得しているところなんです」
『……今お父さんはお家にいらっしゃるの?』
「いえ。ですが、もしよろしければ父から月橋くんのご自宅にお電話しますが……」
『お母さんはご在宅?』
「いえ……。母は昔に亡くなりましたので」
『あら、そうなの……。ごめんなさいね』
「いえ、大丈夫です」
『……本当にご迷惑じゃないの?』
「勿論です! こっちが引き止めているくらいですので!」
『そう……? じゃあ陽斗のこと、お願いしますね』
「はい!」
奈瀬はランドの肩にぽんと手を乗せた。ランドもほっとしたように胸を撫で下ろす。
「……それでは失礼致します」
深海が電話を切った。大きく息を吐く。それからランドと奈瀬を見て、笑顔を見せた。
「深海くん、さすがだったよ!」
奈瀬が感心したように笑顔を零す。
「フカミ、ありがとな!」
ランドも深海の手を取って、何度も上下に動かした。深海は初め苦笑していたが、やがてその表情が厳しいものになった。
「二人とも、喜ぶのはまだ早いよ。月橋が万が一戻ってこなかったとき、ランドには月橋になってもらわなくてはいけないからな」
ランドと奈瀬の表情も険しいものに変化する。
深海は部屋の壁にかかる時計に目をやった。六時を既に回っており、辺りはすっかり暗くなっている。
「今日はもう遅いから、奈瀬さんは帰った方がいい。明日の朝七時に美竹公園のあの場所に集合で。あと、念のためランド用の制服も持ってきてほしい」
「分かった」
奈瀬は頷くと、深海の家を出た。彼女は駅に向かいながら、携帯の電話帳で陽斗の番号を探す。そして無駄だと思いながら、通話ボタンに指を伸ばす。
『こちらはNTTドコモです。おかけになった電話は電源が入っていないか……』
奈瀬は電話を切った。
「月橋くん、本当にどこ行っちゃったんだろう?」
奈瀬は一人呟いてから、制服をくれるアテのある家の電話番号を検索した。




