第12話
リゼルの言葉に、心臓に一瞬何かが突き刺さったような感覚を感じた。鼓動が今まで聞いたこともないくらい早くなる。陽斗はリゼルから目を逸らした。
「やはりリゼルも感じていたのね。今日のランド、何だか怪しいわよね?」
リリィは眉を顰めながらリゼルに目を向ける。彼は陽斗から目を離すことなくリリィに回答する。
「ああ。王様たちは、ランドの様子がいつもと違うのを具合が悪いからだと思い込んでいた。だが、俺は騙されない。言葉遣いや雰囲気だけでも充分違うのに、ご丁寧に服や靴まで見たこともないようなものを身に着けている。顔はそっくりだが、自分はランドではありませんと自ら言っているようなものだ。こいつが本当にランドで、本当に具合が悪いだけなのなら、俺たちのことを質問したら答えられるはずだ。リリィ、彼に何か質問してみてくれ」
(そんな質問、答えられるわけないだろ! このリゼルって奴、頭が切れる! まるで深海みたいだ……! ヤバい! バレるのも時間の問題だ!)
リリィは頬に手の甲を当てて考える素振りを見せてから言った。
「そうね……。決めたわ! 凄く簡単な問題だけど、本人でなければ答えられない質問。……私たち三人の誕生日をそれぞれ言ってみてくれるかしら?」
(ヤバい。そんなの知っているわけない……)
陽斗は俯いて、両拳を握り締めた。もうランドでいるには限界があった。
陽斗は深く溜息をついてから、小さく言葉を漏らした。
「……おれランドじゃないよ」
二人はその小さく響いた言葉を聞き漏らすことはなかった。
リリィは、どうする? とでも言うようにリゼルを横目で見る。彼は小さく溜息を漏らした。
「じゃあ、お前は一体何者だ? 本物のランドは今どこにいる?」
「……おれは陽斗って言うんだ。本物のランドがどこにいるかなんて知らない。おれだって来たくてここに来たわけじゃないし、ランドって奴になりたくてなったわけじゃない。むしろ、向こうが話を聞かずにおれをランドだと思い込んでここまで連れてきたんだろ!」
心臓の音がさっきから小さくならない。ずっとバクバクしたままの状態でいる。
リゼルは腕を組んで少し考えてから、陽斗に問いかけた。
「ハルトと言ったな。悪いが、ここに来た経緯を話してもらおう。多少時間がかかっても構わない」
陽斗はこの場から抜け出したかったが、そんなことできるわけもないし、抜け出したところで行く当てもなかった。大人しく、正直にリゼルの質問に答えることにした。
美竹公園で捜査をしていて、気づいたらあの小屋にいたこと。そこで発見され、城に連れてこられたこと。
「……不思議なことだが、どうやらハルトがいた場所はこの世界と違う所らしいな。魔法も使えないんだろ?」
リゼルに訊ねられ、陽斗はこくこくと頷く。
「戻り方は分かるのか? ……分かったら最初からランドのふりなんてしないか」
リゼルはソファに浅く腰掛け、前のめりになっていた。両手を組んで、真剣に陽斗の話を聞いている。一緒にどうすれば良いか考えてくれているようだった。
「あのさ……、怒ってないの? ランドのふりしたこと」
陽斗は上目使いで、恐る恐る二人に訊ねる。
「怒ってないというか……ねえ?」
リリィはそれだけ言ってリゼルに話を振った。それを彼がきちんと受け継ぐ。
「ああ。話を聞く限りでは仕方のないことだな。俺がハルトの立場でも、同じことをしただろう」
陽斗はそれを聞いてひどく安心した。自分は間違えていなかったのだと自信を持つことができた。
リゼルは真面目な顔つきで話の核心を話し始める。
「問題は、本当のランドがどこに行ってしまったか、だ。ランドが見つかればいいが、いないとなると、ハルトは当分の間ランドでいてもらわないと困る。この世界がこんな状況なのに、一国の王子が行方不明となると統制が取れないばかりか、敵に弱点を教えているようなものになってしまうからだ」
(えぇ――! おれまだランドでいなきゃいけないの……?)
「あの……、おれこの世界のこと全く知らないし、今どういうことになっているのか、まずそれ教えてもらってもいい?」
陽斗が弱弱しく訊いてみると、リリィが微笑した。
「そうよね。王様の話とか、全然ついていけなかったでしょ? 私が説明するわ。まず、この世界は四つの国からできているの。中心にあるのがエスディアという国で、それを残りの三国が守るという役割を担っているわ。その三国っていうのが、ランドの国ライレーン、リゼルの国ジュラルデン、私の国リヴァレル。ここまではいいかしら?」
リリィが優しく問いかける。
(リリィって美人でちょっとミステリアスな雰囲気醸し出してるよな……。同い年とは思えない)
「ハルト聞いてる?」
「あ、うん。……あ、だけど、何で三国でエスディアを守るの? それぞれ国は独立してるみたいだし、それぞれの国の問題はそれぞれでやってもらえばいいんじゃないの?」
陽斗の質問にリリィは苦笑する。
「それはこの世界の始まりに起因しているの。元々この世界には創造主である神が存在して、その神がエスディアに住んでいたの。だから、残りの三国はエスディアを守るという使命を与えられたわけ。因みに、魔法は元々神の力だったとされ、神がこの世界を離れる時にその力を皆に分け与えたとされているのよ」
「ふぅん」
陽斗は相槌を打つ。
「で、今の状況の話に入るわね。二ヶ月くらい前に、エスディアの王様が流行病で亡くなってしまったの。王子はまだ幼く、とても一国を統制できる年齢ではなかったわ。エスディアの中では、王子が成長するまで誰がこの国を支えていくかという議論が始まっていた。その最中、突如現れた青年が実権を奪ったの。一ヶ月前くらいに現れたその青年は、どうやったのか王子に気に入られ、エスディアを支配してしまっている。平和をもたらすような統制の取り方をしていれば誰も文句は言わなかったかもしれない。だけど、耐魔法用の城砦を作ってエスディアをどことも交流を持たない閉ざされた国にしてしまったの。エスディアは暗雲のたちこめる、近づくことさえ難しい、遠い国になってしまったわ」
(なるほど、その青年を追い出すために三国の王子王女が抜擢されたわけだな)
「現状は大体分かった。要はその青年を追放すればいいわけなんだよね。だったら、そんなぽっと出の青年なんてすぐに追い出せそうだけど。周りに大臣とか魔法強い人たち沢山いるんでしょ?」
「それが……、その青年がダークウォーツっていう闇の力を結集させたと謳われる古のロッドを持っているらしいの。だから誰も逆らえないらしいわ」
(ああ……。それは無理だわな)
「それにしてもランドどこに行っちゃったのかしらね?」
リリィが溜息交じりに自分の両膝で頬杖をつく。
「それなんだが、あくまで可能性の話として聞いてほしい。俺が思うに、ランドはハルトの世界にいるのではないかと思う」
「!?」
陽斗とリリィは顔を見合わせてから、リゼルに注目した。
「ハルト、小屋から城までどうやってきた?」
「ランドのテルット……フェリアだっけ? それに乗ってきたよ」
「フェリアがその小屋の前にいたということは、ランドもその小屋に行っていたことになる。そこでランドがいなくなり、ランドにそっくりのハルトが現れた。偶然にしてはでき過ぎたタイミングだ。そこで一つの仮説ができ上がる。ランドとハルトはお互い相手の世界に飛ばされた」
(なるほど! ということは、今頃深海と奈瀬の前にランドがいるってことか……?)
リリィは何度も頷きながら、リゼルから陽斗に視線を移した。
「ハルト、自分の世界と連絡を取れる手段とかあったりするのかしら……?」
リリィに言われて、陽斗は小屋にいた時に携帯の電波が三本立っていたことを思い出した。
「それならあるかもしれない!」
陽斗はポケットに入れてあった携帯を取り出した。リゼルもリリィも物珍しそうにそれを見つめている。
陽斗は携帯を開いて、目を丸くした。そこにあったのは、「圏外」の文字だった。
「繋がらない……」
当たり前と言えば当たり前だった。国どころではなく、世界そのものが違うのだから。
(じゃあ小屋で電波があったのは一体なぜだ……?)
リリィが渋面を作りながら陽斗の顔を覗いてくる。
「繋がらないって……? それ何の道具なの?」
「これは携帯電話っていって、遠く離れた人と話ができる道具なんだ。だけどそれには条件があって、電波があるところじゃないと繋がらない仕組みになっているんだ」
「テレパシーを魔法でなく、道具で行うというのに近いかもしれないな」
リゼルが携帯を興味津々に見つめる。それに気づいて陽斗は携帯をリゼルに渡してやった。
「小屋にいた時は電波があったんだ。それに、ランドと入れ替わったのが本当なら、あの小屋に行けば何か分かるかもしれない!」
三人は小さな希望を胸に、翌朝小屋に向かうことに決めた。




