愛玩物
暗い森にも春はやってくる。
生暖かい空気と花の香りの中、メイドは庭で掃除をしていた。
掃除といっても軽く掃くだけで、秋の落ち葉の季節よりは全然楽だといえる。
「間抜けた日よりですこと」
なんて一言を漏らす。
さて、そろそろ掃除も終わり城の中に戻って菓子でも食べながら小休止しようとしたとき
空から聞き飽きた声が降ってきた。
「おーい!メイドさーんたーだーいーまー」
メイドが空を見上げると、大きな鳥のような黒い物体が袋を持って旋回していた。
鳥のようなものはしばらく旋回するとメイドのいる庭めがけて急降下し、地面につくかつかないかのギリギリのところで羽らしきものを広げ、ふわりと着地した。
「お帰りなさいませ、城主様」
鳥のような黒い物体は、その言葉を聞いた途端にするりと少年の姿に変わった。
「ただいま、メイドさん」
そう言って首をかしげながら笑うのはいつもの城主だ。
もうわかっているかもしれないが、先ほどの黒い鳥のようなものは城主である。
彼は言わずもがな人外であり、少年の姿以外に様々な形に変貌する。
例えば先ほどのように鳥になり大空を舞い、時に獣のようになって地を駆けそして例えようがないほどおそろしい怪物のようになって狩りをする。
その不死の性質と人外らしい能力で自由気ままに暮らしている。
「今日はいかがでしたか」
「うん、いつもどおりの食料と、日用品あれこれ」
「そうですか。では私はお茶にしますのでこれで」
「一人でいこうとしてる?ねぇ一人で?主人を差し置いてそれはないんじゃない?」
「はぁ?なんでしょうか、聞き取れませんでした、もう一度」
「すいませんでした怒らないでください。あの、ご一緒してもよろしいでしょうか」
「ちっ、いいですよ」
「ありがとうございますってやっぱりおかしい気がする」
二人であれこれ言い合いながら城の中へ引っ込んでいった。
そしてお茶の時間。今日のお茶はハーブティー、茶菓子はマカロンだ
「美味しいです、メイドさん」
「それは良かったです城主様」
ちなみにこのやりとりの前に三度城主が殺されているのだが省略する。
「あれほど毒を入れないでくださいと言ったのに」
「今回は庭で採れた花から取れたものを入れてみました」
「そんな趣向は要りません...そういえばね、メイドさん」
少ししょげていた城主だが、ふと何かを思い出したように顔を上げた。
「なんでしょう」
「あのさ、ペットとか飼いたくない?」
「はぁ?」
メイドが少し怪訝そうな顔をする。
「そんな顔しないでさぁ、ほら最近愛玩用に作られた犬とか猫とかがいるって聞いてね。君可愛らしいものは好きかい?」
「嫌いではありませんけど。なんでまた」
「今日街に出たらなんかちっこい犬とか散歩してる人間がいてさー、可愛いなーって」
「そうですか。ですが犬やら猫やらは絨毯などに毛を付けるのでできればご勘弁願いたいのですが」
えーっと不機嫌そうな声を城主があげる
「いいじゃーんそのくらいー」
「掃除などしないあなたがおっしゃいますか」
「はぁ、それはそうなんですけど...じゃあ鳥は?」
「羽が舞います」
「じゃあ...ねずみは?」
「増えるので」
「じゃあ、馬」
「大きいので」
「もう、全部ダメじゃん!」
城主がだらんと背もたれに寄りかかる。
「そもそも世話をするのも私ではありませんか、城主様だけで手一杯だというのに」
「僕ってペット扱いなの?ねぇ、やっぱりそれはおかしい」
城主が言い切る前にメイドは大型の銃、マウザーC96を城主に向けて発射した。
大きな銃声と共に一瞬うつぶせになる城主。しかしすぐ起き上がり
「何それ!なにそれデカイ!」
「最近はこれの二丁持ちにはまっております」
「怖い!」
「ではこうしましょう。自分の毛を自分で掃除し、世話いらずの動物を持ってきてください。話はそれからです」
「話題すり替えたね!」
「できないなら」
「んーわかったよー。そんなのいるかなー」
「ま、せいぜい頑張ってください」
それだけ言うとメイドは立ち上がり、場内の掃除に戻った。
それから数日後、メイドが話を忘れようとした頃
「メイドさんメイドさん!これはどうだろう!」
城主がハイテンションで扉メイドを呼ぶ
メイドが何事かと思い声の方へ向かうと、こちらの方へ手を振る城主と、隣にガタガタと体を震わせる女が立っていた。
「城主様、そちらは?」
「へへん!聞いて驚いてよメイドさん!この娘は僕が森の中で見つけた娘なんだけどね、コイツ人間だから自分のことは自分で掃除できるでしょ?」
「はあ、そうかもしれませんが、人間一人養うとなると...」
「それなら大丈夫!こいつには僕の血を注入してあるんだ。こういったのは本来吸血鬼とかが使う手法なんだけどね僕の血を得たことにより不死になって世話もいらないって寸法さ!さ、メイドさんに挨拶して」
城主が娘の背中をポンと押す
「あ...あ...」
娘はフラフラと少しづつ歩き、ありえないほど震えている
「あの、大変大丈夫じゃなさそうなのです」
メイドがそう言おうとした瞬間、娘はいっそうがたがたと震えだし、そして爆弾のように、爆ぜた。
唖然とする城主に珍しく目を丸くするメイド
「...どうやら、城主様の血の効果が強すぎて耐え切れなくなり、破裂したようですね」
「そう、だね。すいません」
素で落ち込む城主
「いや、その、いいこと、ありますよ」
どんよりとする城主に声をかけてみる
「はは、そうだと、いいな」
それだけ言うと城主は自室にこもった。
メイドは飛び散った破片を片付け、血を吹きながら言った。
「申し訳ございませんが、立ち入り禁止の森に入っつたご自身を恨んでくださいね」