表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いちばん身近な魔法使い

作者: 天川りか





「もう、やだ!家出してやる!」



そう言って家を飛び出したのは一時間前。

家の近くの河川敷、大橋の下。

そこに石田澪はいた。


辺りが段々橙色に染まり、夕日が沈む様子がはっきり水面に映る。

澪は体育座りをしてその様子を見ていた。


「……何してんの」


澪の体がビクッと震えた。

なんとなく分かっていたものの、そっと振り返ると、

三つ年上の友樹ともき兄が自転車を引いていた。


本当の兄ではなくて、石田家の隣の秋川家に住んでいる。

俗に言う幼馴染、という存在だ。


「友樹兄こそ」


「いや、俺は高校の帰りだけど」


「……」


友樹兄は高校三年生。

近くの商業科の高校に通っていて、

そこがあまり成績面で優秀でないのは近所の評判だった。

しかし、どうしてもそこに進みたい、と言って入ったらしい。


今は、そんなことは考えたくないけれど。


「どしたの、そんな所で」


「……別に、なんもない」


澪は再び友樹兄に背を向けた。

少し沈黙があってから、ガサガサと言う音がした。

ビニール袋を漁る音。

そして、ガコンと自転車を止める音がした。


「ほら、食う?」


友樹兄は澪の隣にまわり、腰を降ろした。

ちらりと横目で友樹兄を見ると、手に乗っていたのは肉まんだった。


「食わないなら、俺が食うけど」


そう言って友樹兄はわざと大袈裟に口を開けて食べる振りをする。

澪は慌ててそれを遮った。


「……食べないとは言ってないもん」


友樹兄はくすっと笑った。

馬鹿にされた気がして、なんとなく嫌だった。

そんな気持ちを隠すように、澪は急いで肉まんに噛り付いた。


「どうしたの、こんなところで?」


「……肉まんに釣られて言うとでも思った?」


友樹兄はうーんと唸って、こう言った。


「まぁ、春から高校生だもんな。そんな子供じゃないし、当たり前か」


にっと歯を見せて笑う友樹兄の顔は、夕焼け色に染まっていた。

昔から、変わっていないのはこの笑顔くらいだ。

身長も体格も性格も、もちろん年齢だって、変わってしまった。

性格に限っては、澪に対しては変わらないけれど、色々使い分けている。

友樹兄のお母さん、クラスの友達。一度だけ見た彼女の前でも。


「……みんなしてそう。そうなの。

まだ“子供”だって言うのに、変なときに“大人”扱いするの」


澪はすっかり食べ終えた肉まんの紙の部分をくしゃくしゃに丸め、

膝と胸の間に顔を埋めた。

一瞬見た友樹兄は、困ったような変な顔をしていた。

言わないようにしてたのに、言ったも同然じゃないか。


不意に、頭に友樹兄の大きくてごつごつした手が置かれた。


「……あるよ、そういうこと」


ぽつんと言ったその言葉は、水面に反射して何度も耳に届くみたいに頭の中に響いて、

どこかの線が切られたみたいに、涙が流れた。


「……高校、自分で決めなさいって。

なんにも、わかんないのに、自分がいいところ決めなさいって。

友樹兄、みたいに、やりたいことあるわけじゃないのに……」


ところどころ嗚咽が混じって、自分でもどう言ったか分からない。

頭を撫でる友樹兄の手が心地よかった。


「……子供でいたい。世の中なんて、分かんないから。

だけど、大人になりたいんだよ。でも、甘えてたい……」


ただ泣きわめくことも出来なくて、

社会の仕組みも理解出来なくて。

狭間の人間なんだ、今の私は。


次から次へと言葉が溢れるのに、

上手く言葉に出来ない。

みんなそういう時って、あるのかな。


「魔法使いが居たらいいのに……もう早く過ぎたらいいのに……」


仕舞いには魔法使い、なんてメルヘンな話にまでいってしまったけど、

澪は本気だった。

そんな気を察したのか、友樹兄は口を開いた。


「……俺さ、あんまり深く考えてなかったんだ、高校のこと。

入れればいい、職業につければいいから……そんな感じだった」


嘘だ、そんなの。友樹兄はいつでもそうだ。

世の中の知られたくないことは、いつもそうだった。

子供はコウノトリが運ぶとか、いい子にしてないと雷さまにへそをとられるとか。


「もうお前は大人だろって、プレッシャーだよな。

まだ、親も必要なのに、見離されてさ……」


そう、そう、そうなんだ。

親の期待とか、親の頑張りとか、全部がかかる。

もう平気でしょ、なんて、寂しいに決まってるのに。


「大丈夫、そんな俺が出来たことだから。澪もきっと平気」


友樹兄の言葉はいつも根拠はないけれど、

いつも励ましてくれる。


「……ん……」


澪は少し顔を上げて頷くと、ゴシゴシと涙を袖で拭った。

友樹兄は微笑んで、ポケットから携帯を取り出した。


「わ、もう五時だし」


見渡すと、さっきよりも日が落ちて、薄暗い。

しかし家の方はまだ橙色に光っていた。

水面にも夜色と橙が映えて、綺麗だった。


「……帰ろっか、乗ってく?」


友樹兄は自転車を指差して言った。


「……うん」


ガシャン、とストッパーを外した。

友樹兄がサドルに跨ると、その後ろに澪が乗った。


「ねぇ、友樹兄」


「ん?」


自転車が走り出す。

夕方の冷たい風が友樹兄をすり抜けて伝わる。


「今度は、落とさないでね?」







「友樹兄のばか……だから二人乗りなんてやめようって言ったのに!」


「ごめんごめん、まさか落ちるなんてさ……。

でも澪だって賛成したじゃん」


「それは……」


友樹兄を信じてたから、と言いかけて言葉を飲んだ。

澪が俯くと、友樹兄はポケットを漁った。

そして、目当ての物がなかったのか手を取り出した。


「……泣くなよ」


友樹兄は澪の目線までしゃがみ、頭を撫でた。


「……うん」






「落とさないよ。だからしっかりつかまってろよ?

中三だって、まだ子供なんだから」


そう言った友樹兄は、背中越しに笑っていた気がする。




魔法使い、ここにいたね。

いつだって、魔法をかけてくれるのは、友樹兄だったから。




読んで下さってありがとうございました!

恋愛に入るかどうかは想像にお任せします…*

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ