これからは二人で
二作品目です。よろしくお願いします。
1
王都立学園に通うアルバート・ハリス。彼の学園での休み時間の過ごし方は決まっている。
最初の休み時間は植物図鑑を広げ隅から隅まで読んでいく。これはいつか大好きな彼女が好きなフラワーガーデンにデートに行った時のために少しでも知識を身につけておくため。
次の休み時間には席を立ち教室の後ろの空いてるスペースへ行きダンスの練習をする。これはいつか大好きな彼女と踊る時の為にリードできるようにするため。
「お前またダンスの練習してんのー? あきないねー」
「うるせー」
「うわ、出た! アルバート・ハリスの一人ダンスレッスン!」
「うるさーい」
クラスのみんなからの野次もどこ吹く風。これも含めての休み時間の過ごし方なのである。
くるくる回りながら夢想する。大好きな彼女、ローゼリア・ミッチェルとのダンスを。
いつか彼女を持ち上げてクルクル回ってもみたい。そしたらどんな反応をするだろうか。びっくりした後に照れ笑いをするかもしれない。想像するだけでもう楽しい。
昼休み。この時は特段やることはない。主に親友とご飯を食べ、一緒に過ごす。
そして放課後。ここがメインイベント。終わるや否や早歩きで教室を抜け出し彼女の元へと急ぐ。大好きな彼女が住む寮へ送る前に中庭のベンチでお話をするのだ。
「じゃーな親友!」
「おー。じゃあなー」
親友に別れを告げ、早歩きで彼女の教室へと向かう。
早く! 早く! 気持ちばかりが先に出るけれど走ってはいけない。以前走った時に教師に見つかり説教され迎えに行くのが遅れてしまった。もう二度とあんなヘマはしない。
「ローズ!」
「あ! アル様」
縦横キレイに並べられた机と椅子。そのうち中央にある椅子に彼女と彼女の友人が座って待っていた。
「お待たせいたしました」
「ふふ。全然待っていないわ」
はにかみながら見上げてくる姿に胸を打たれる。今日も彼女が最高に可愛い。
……いけない。このままデレデレしてたら素がバレてしまう。
「オウジサマが来たなら私帰るわ」
「スージーありがとう。気をつけて帰ってね」
「ごきげんようホール嬢」
「ご機嫌よう」
ローゼリアの親友であるスーザン・ホール嬢はこちらを一瞥した後立ち上がり用が済んだとばかりにさっさと教室を出ていくのを見送る。
二人きりになったのを確認した後、彼女の足元へ跪き、右手は胸元、左手は彼女の方へと差し出す。
「ローズ、本日も私に時間をくれますか?」
「……はい」
白い肌を薄く朱に染め、桃色の唇をきゅっとした後に恥ずかしそうに澄んだエメラルドの瞳を伏せながら手を乗せてくれた。
立ち上がるのをサポートし、重ねた手をそのままギュッと握り手を繋ぎ、中庭へと向かう。
校舎に囲われた中庭、その中央には丸く大きい花壇があり、その花壇を眺めるベンチが沿うように置いてある。
いつものベンチに着いたらまずハンカチを取り出してローゼリアが座るところに敷く。そうするとお礼を言われ自分も同じような行動をしようするのでそれをやんわり断る。
ローゼリアの綺麗なハンカチに俺のケツが乗るなんて許されることではない。
*
「それでね、次はそこに行こうって話になったの」
「ホール嬢はお店を見つけるのが本当にお上手ですね」
「そうなの……だから次はわたしが良いお店を紹介したいから今いろんな方に聞いているのよ」
「はは。可愛いですね」
「アル様は昨日なにしてらしたの?」
「お……ごほん……私はー、あ……にとその婚約者の三人でお茶会しましたね」
「まぁ」
(やばいやばいやばい)
休日明けでたるんでる! 『俺』じゃなくて『私』、『兄貴』じゃなくて『兄』! もしくは兄さんか兄様!
丁寧な口調にスマートな所作! これはローゼリアにアタックする時にやろうと決めたこと。
家族や親友、クラスメイトに普段しているふざけた態度を彼女に向けた瞬間に幻滅するに違いない。
この世の誰よりも可愛いローゼリアに相応わしい人になろうと決めたのに! しっかりしろ俺!
「婚約者の方とも仲良しでいらっしゃるのね」
「そうですね。幼馴染ですので、幼い頃は三人でよく遊んでいました」
「そうですの……」
徐々に声が小さくなったと思ったら白くほっそりした手を顎に添えて何か考え始める。
……え、どうしたんだろう。
「え、あ、でも、居辛くなったので早々に離席しました」
「まぁ、それはどうして?」
「それは……会話についていけなくなったからですね」
本当はしてほしくない話題を出してきたから逃げるように部屋に戻ったんだけれど、それは俺の名誉のために黙っておく。
「ふふ」
かわいらしい手を口元に当て微笑む姿に見惚れる。
ーー今なら聞きたかったことも聞けるかもしれない。
おそるおそる口を開く。
「ぁ……」
「そろそろ帰りましょうか」
「……えぇ、そうですね」
(聞けなかった……)
たしかに時間的にも帰る時間だ。
しかし聞きたい空気を察したのかどうなのか、いつも聞こうとするたびに新たな話題を出したり帰宅を促したりと聞けない雰囲気にしてくる。
あっという間に彼女が住む寮にたどり着き、繋いでいた手を離す。
一歩前に進んで振り返った彼女と向かい合う。
「アル様、今日もありがとうございました」
「こちらこそ」
「…………アル様」
「なに?」
「…………いえ、なんでもないです」
「そっか」
「……では」
「うん……ローズ、好きだよ」
「ふふ、わたしも」
女神の如き微笑みに胸を打たれながら彼女が寮に入っていくのを姿が見えなくなるまで見送る。
無事に入ったことを確認した後振り返り、この時間に合わせて来てくれているであろう馬車の元まで向かう。
先ほどまでのスマートを意識した足取りとは違いやる気のなさそうなとぼとぼとした足取りで歩く。
「ハァ……今日も聞けなかった」
『初恋の人はね、童話に出てきた王子様なの』
照れながらそう友人に話しているローゼリアに一目惚れをし、猛アタックを始め、お互いの呼び名も変わり、両思いになり、順調にお付き合いを重ねて約二ヶ月が経ったころ。
ローゼリアのことが大好きで大好きで誰にも取られたくないと思ったアルバートは家を通して婚約の打診を領地にいる両親に頼んで送ることにした。
もちろん、あらかじめローゼリアには話したし、とても嬉しそうにしていたから、すぐ承諾してくれると思っていたのに……。
あれから約一ヶ月。返事どころか話題にすらあげてくれなくなってしまった。
逆にこちらが聞こうとすれば察するのか今日みたいに違う空気に変えてしまう。
(婚約の話をした時はあんなに喜んでたのに……)
口をキュッとした照れ笑いをし、「はい」と返事をしてくれた。それから親に話しておくって言っていたし、親から婚約の話もきたって最初の方は報告してくれてたのにな。
「待つしかないかー」
何か迷いがローゼリアの中にあり、それを話そうと一歩踏み出してくれてはいる。でももう一歩踏み出す勇気が出ないんだろう。こちらから歩み寄ろうとすると逃げられてしまう以上、アルバートができることはその一歩踏み出してくれるのを目の前で待つしかない。
(嫌われているわけじゃない、はず。気長に待とう)
*
「…………って……」
「……こと……」
「……や……」
(ん? ローズの声だ)
昼休み。図書館へと植物図鑑の返却と新たな図鑑を借りて教室へと帰っていたところ。
甘くて柔らかく、聞くだけで胸を高鳴らせる声が中庭の方から聞こえてきた。
今いる渡り廊下から直接中庭へと行けるため、声に導かれるように中庭へと足を進める。
いつも彼女とお喋りをするベンチとは別のベンチにローゼリアの後ろ姿が見えた。おそらく隣にいるのは友人のホール嬢だろう。
一言だけでも挨拶したい。そう思い彼女達へと近付く。さすがに真後ろから声をかけたら驚かせてしまうかな、そう思った時だった。
「じゃあハリス様からの婚約は断るってこと?」
「断るわけじゃないけど……」
バサバサッ
持っていた植物図鑑が音を立てて地面に落ちていく。
それをどこか遠くで感じながらアルバートは立ち尽くしていた。
突然背後から聞こえた音に女性二人は肩を跳ねて驚き振り向いてこちらを見る。振り向いた先にいた件の人物に驚愕の表情を浮かべていた。
「アル様……」
その時、昼休みの終わりを告げる鐘が鳴る。
ローゼリアの言葉を止めるように、アルバートの意識を取り戻すように大きな鐘が鳴り響いていた。
それからのことは断片的にしか覚えていない。
走って教室まで戻り、授業を受ける。両想いになって以降、放課後は毎日ローゼリアの元へ行くのに、それをせずにまっすぐ家へと帰る。
当然迎えの馬車など来ておらず、馬車のルートを徒歩で進み途中で馬車と合流して乗って帰った。
いつもと様子が違う自分に兄貴は面倒事は御免だとばかりに食事を終えたらさっさと離れて行った。
まぁ近寄られても婚約者との惚気を聞かされるだけだろうからこちらとしてもありがたい。今は聞きたくないから。
夜、布団に入り目を瞑ってもどこか身体がふわふわしているような錯覚に陥る。現実味がないような。地面がないところにずっといるような。
「俺、ローズに嫌われてたのかな……」
呟いておきながら認めたくない現実に涙が溢れそうになりながら無理矢理抑えて頭から布団を被った。
*
「え、お前どうしたの?」
「おはよう親友」
朝、行きたくなくても自然と学校へと向かい教室へと入る。ちなみに教室に行く前に中庭へ行き昨日落とした植物図鑑がないか軽く探したけど見つからなかった。
どんよりとした顔を見た親友が開口一番心配してくれた。兄貴とは違いやさしい奴だ。
「おはよう。え、何かあったのか?」
「聞かないでくれ」
「ふーん」
窓際の席へつき、腕を置き顔を伏せる。
前の席にいる親友から心配そうな視線を感じるが気にする余裕がない。ごめん。
このまま話し合いもせず逃げるのはダメなことなんてわかっている。ローゼリアがずっと悩んでいたことはやっぱり俺らの婚約のことで、なにか気になることがあって、その気になることは婚約を断るか悩むほどのことだったんだ。
(何がダメだったんだろう……)
言ってくれれば直すから教えてほしい。でも言われないとわからないようなポンコツな俺にはもうローゼリアにふさわしくないのかもしれない。
「ふぅぅ……グズッ……」
「おいおいマジかよ」
とうとう泣き始めた俺に親友が頭を抱えたような声を出す。そして俺のカバンを開けたかと思いきや何かを頭にかけてきた。
頭にかかる重さ、頭を覆うほどの大きさ、自分のカバンに入っているものを鑑みればおそらくタオルだろう。
「さすがに他の奴らに泣き顔見せないようにしろよ」
ボソッとそう言ってくれたので頷きを返す。
「ハリスどうしたの?」
「寝不足なんだってよ」
他のクラスメイトから声をかけられたのを親友が代わりに答えてくれているのが聞こえる。
ありがとう、親友。俺が女性だったらお前と結婚したい。ごめん嘘。やっぱり女性でもローズと結婚したい。
「アルバート、寝てないで起きろ。お前にお客さん」
授業と授業の間の短い休み時間。
いつもやるダンスの練習もやる気が起きないし、植物図鑑はどっか行ってしまったし、朝親友が言ってくれた言い訳をありがたく使わせてもらいずっと机に伏せている。
そんな狸寝入りの俺の演技も親友の前ではバレバレなんだろうけど、一応合わせてくれたみたいだ。のそりと顔をあげて親友と目を合わせる。
「お客さん? だれ?」
「いいから。時間ないんだから早く行け」
急かす親友のされるがままに立ち上がり廊下へと向かう。友人が多いわけでもないし、役職があるものに入ってるわけでもないから、自分に用があるお客さんなんていないけどな……。
「っ! …………ローズ」
「ごきげんよう。アル様」
見るものの胸を貫きそうな可愛い笑顔を見せつつ、どこか不安気な雰囲気を漂わせたローゼリアがそこにはいた。
澄んだエメラルドの瞳をこちらに向けながらも、たまに伏せて目だけをキョロキョロさせる。おいしそうなミルクティー色の髪もどこか自信がなさそうにゆらゆら揺れているみたいだ。
「あの、今日の放課後、お話できますか?」
「えっ」
昨日の放課後来なかったし、すぐ帰ったからこうして約束を取り付けに来たんだろう。授業の間の休み時間に来たのも高確率で教室にいるからに違いない。
「…………」
本当は話したくない。別れたくない。ローゼリアから少しでも嫌いに繋がる言葉を言われたら号泣して縋りついてしまうかもしれない。そんな格好悪いところは見せたくない。かと言ってこのまま逃げるのも格好悪いのはわかってる。
「……ダメ、ですか?」
「いや、わかった」
「! ありがとうございます」
パァっと顔が明るくなり安心した顔でお礼を言う彼女に軽く返事をする。
「わたしがお迎えにあがりますので教室で待ってて」
「え、いや。わたしが行くよ」
「いえ、アル様はここでおまちになってて」
「でも」
「おねがい」
「……うん」
これが惚れたものの宿命だ! こんな可愛くおねだりされたらこれ以上断るなんてできない!
了承した俺にまた安心した笑顔を向けた彼女は「ではまた放課後に」と言って足早に帰って行った。
可愛いおねだりをするローゼリアという今まで見たことない姿に心臓をバクバクさせつつ、放課後の話し合いに憂鬱な気持ちも生まれるという複雑な感情を抱えたまま机に戻る。
「彼女なんだって?」
「放課後話そうって。迎えに行くから教室待っててって言われた」
前の席にいる親友が身体をひねり質問してきた内容に答える。迎えに来ることが意外だと思ったのか目を丸くしていた。
「じゃあ彼女が迎えに来るまで一緒に待ってやるよ」
「え、いらない」
「いいからいいから。ついでに紹介して」
コイツ、それが目的なんじゃないか?
押し問答しているうちに授業が始まったのでそこでとりあえず話は終わり親友も前へと身体を戻した。
ーー本当はなんとなくわかっている。
ローゼリアは仮に俺が迎えに行った場合、俺が途中で逃げたい気持ちになったらそのまま帰ってしまう可能性を考え、その可能性を無くすために教室で待ってろって言ったんだろう。そしてそれをなんとなく察した親友は逆に俺が教室から逃げないように見張るつもりなんだ。
でも俺からしたら、どんな理由でもローゼリアにこの教室に来てほしくなかった。
なんでもないただの廊下。ただの廊下で話すローゼリアに俺は一目惚れしたのだ。
そんな見るものすべてを惚れさせる可能性のあるローゼリアが普段と違う道を歩いてみろ。第二第三のアルバートが出てきてしまうかもしれない。
そんな可能性を少しでもなくすために毎回彼女には教室に残ってもらい俺が迎えに行っていたというのに……!
(心配だ……)
放課後の話し合いの心配とローゼリアが変な奴に会うことなく無事ここまで来られるかの心配と午前中のローゼリアも可愛いんだなっていう新たな発見で感情がぐちゃぐちゃだ!
そんな俺の迷子な気持ちを親友に打ち明けながら放課後ローゼリアを待つ。話していくうちに心も落ち着いてきたので一息ついてしばらくしたところで他教室に来ることに慣れてないローゼリアがおずおずとやってきた。
「あ、アル様……」
教室には入らず扉から顔を覗かせながら名前を呼ぶ彼女に心臓がギュンっと音を立てる。
びっくりした。かわいいって刃物になって襲いかかってくることあるんだな。
思わず胸を押さえながらも彼女の所へ早足で向かう。
「ローゼリア。来てくれてありがとう」
「こちらこそ。お待たせいたしました。あっ……」
背後にいる親友の存在に気付いたのか目線を向ける。それに気付いたのか親友は俺の隣へと移動してきた。
「あの、先程はありがとうございました」
「いえいえ」
会釈をしあう二人。そういえば親友に呼ばれて教室を出たらローゼリアがいたんだった。思い出した俺に親友は彼女を紹介しろとばかりに肘で小突いてくる。わかったよ。
「ええっと、ローズ、この人はおれ……ごほん。私の友人もといかけがえのない親友であるセドリック・ブラウンです」
「どうも」
「セドリック、この方は……恋人であり愛すべき彼女のローゼリア・ミッチェルです」
「改めて初めまして。ローゼリア・ミッチェルです」
「アルバートから惚気をうるさいほど聞いてきてましたから、会えて光栄です」
「まぁ……」
片手を口に当て照れている。可愛い。セドリック見るな! 思わず片手を親友の目に翳す。しかしすぐに払い除けられた。
「愛すべき彼女さんも来たことだし帰るよ」
「あぁ、ありがとう」
「ありがとうございました」
「じゃあな」
「また明日」
「ごきげんよう」
軽く挨拶を交わし、さっさと階段を降りて帰っていく親友を見送る。姿が見えなくなったところで目の前にいる彼女から名前を呼ばれた。
「着いてきてください」
「はい……」
前を歩き出した彼女の可愛らしい背中に着いていく。背中まである長いふわふわしたミルクティー色の髪の毛に隠れて背中が見えないけど可愛らしいに決まっている。
ーーそういえばいつもは横並びで歩くからこうして縦に並んで歩くの新鮮だな。いつもは目につかないつむじが見える。ローズってつむじまで可愛いんだ。知らなかったな。
全体を余すことなく見つめているとハーフアップにした髪をとめているバレッタに気付く。付き合い始めの時に自分が贈ったやつだ。白い楕円形でルビーやローズクォーツのような色のガラスを横に並べたシンプルなやつ。
(まだ俺のこと好きでいてくれてるのかな……)
うぬぼれが顔を出す。
本当はセドリックにローゼリアを紹介する時、一瞬恋人と言っていいのか悩んだ。でもまだ別れてないしいいやと若干開き直りで言ってしまったわけだけれども、それに対してとくに不快な表情を彼女はしていなかった。
まだすべてをあきらめなくてもいいかもしれない。
いずれにせよ、まずは彼女の話を聞かないと。
とくに会話をすることもなく歩いていたらいつもの中庭のベンチに辿り着いていた。
すぐさまハンカチを取り出してベンチに敷く。
「ローズは敷かなくていいからね」
「わたしもアナタの所に敷きたいわ」
「ダメ」
敷かれる前に座る。不満げな彼女に申し訳なさが顔を出してくるが無視だ。いくら可愛い彼女からのおねだりでもこれだけは譲れない。俺の尻に彼女のハンカチは贅沢だ。
お互いを向く様に若干斜めに二人とも座る。その前に彼女は鞄から何かを取り出した様だ。
「まずはこちらをお渡しします」
渡された物に目を向ける。ずしりと重いそれは昨日無くしたと思っていた植物図鑑だった。
「あ、ありがとう」
「これ、わたしがフラワーガーデン好きだから調べてくれてたの?」
「ぁ……そう」
恥ずかしい。こっそり調べて披露したかったんだけどな。
「嬉しいわ。ありがとう。……あのね」
「うん……」
「その……」
唇をキュッと結び思い詰めた顔をする。何言われるんだろう。心臓が重い音を立て始める。あ、ローズの手が震えてる。握ってあげたい。あわよくば抱きしめたい。いやいやこんな時にやめろ抑えろ俺の欲望!
「アル様に、やめてほしいことがあるんです」
「え」
俺の欲望そんな前面に出てた?
「あの、実はアル様の教室に行ったのは今日が初めてではないの」
「え」
「前にもアル様に会いに行ったことがあって、その」
嫌な予感がする。
「前に会いに行ったときは、教室の後ろでダンスの練習をしていたわ」
「ヒュッ……」
おわった……
「それでね、その」
「ごめん!!」
「え?」
場所はそのままに頭をものすごく下げる。終わった。絶対変な奴だと思ったんだ。
「ローズといつかダンスした時に完璧にリードできる男になりたくて練習してました」
「まぁ」
「でも傍から見たら後ろでくるくるしてる奴なんて変な人だって思うだろうし」
「え、えっと」
「周りからも揶揄われてたし」
「あ、あの」
「こんな変な奴と一緒になりたくないってローズが思うのもわかるっていうか」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
話しながらも更にどんどん顔が下がっていく俺に今まで聞いたことがない大きさの声を上げて顔を挟む様に両手で触れてきたため、つられるようにそのまま顔が上がる。
キリッとした目つきのローズがちょっと怒ったような顔をしていた。
「わたしの話を聞いて」
「ハイ、スミマセン」
「わたしね、嫉妬したの」
「へ?」
し っ と ?
「あなたかダンスをしている時、クラスの方々はみんな揶揄いながらも優しく見守っていたわ」
「……」
「アル様も遠慮ない言葉をみんなにしていて……わたしの知らないアル様が、そこにはいたの」
「!」
頬を抑えながらも視線はどんどん視線が下がっていく彼女の澄んだエメラルドの瞳がさらに澄んでいくのを見て衝動的に動く。
ローゼリアの両手を掴み、そのままベンチから降りて彼女の正面に膝をつく。
「ごめん!」
「……あなたが私の前で演技をしたまま一緒になったって、お互い辛いだけだと思ったの」
「うん」
ローズの言う通りだ。
自分は今しか見てなさすぎた。
「本当にごめん」
彼女の両手に額をあて、懺悔する様に言い訳を並べる。
童話の王子様が好きだと言ったローゼリアに一目惚れしたこと。どうしても付き合いたくて王子様みたいな振る舞いをイメージしたこと。素の自分がバレたら嫌われると思って見せられなかったこと。
「……確かに王子様みたいなアル様を好きになったわ。でも……」
「……」
「普段のアル様もわたしは絶対に好きになるわ」
「っ……めがみぃ……」
「ふふっ、なぁにそれ……あら!」
顔を上げて目を合わせた自分を見てくしゃりと笑い片側の頬に手を当ててくる。
「アル様ってば、泣き虫さんなのね」
無邪気な笑顔で当ててきた頬の温もりとは別のものが着いているのに気付き、ようやく自分が泣いていることがわかった。
「さっき断ってくれて良かったわね」
そう言ってハンカチを顔に当ててくる。
俺の尻から死守したハンカチは俺の涙と鼻水に使われることになってしまった。なんてこった。
物がついてる分こっちの方が汚いぞ。
「ごめん……あたらしいのかっておくるから!」
「いいのよ。でもその時は一緒に買いにいきましょ」
「ローズ……! だいすき。あいしてる」
「わたしもアル様が大好き。愛してるわ」
「落ち着いた?」
「うん。ごめん」
「何回も謝らないで」
「ごめっ、ありがとう」
「ふふ。……ねぇアル様」
「なに?」
涙も鼻水も落ち着き、汚れたハンカチをポケットにしまいしばらくしたところで、もじもじした態度でローゼリアが話し出す。
「あのね、ダンスの練習をわたしも一緒にしたいの」
「! やろう!」
「え、いま?」
スクっと立ち上がり彼女の前に立つ。
そして右手をグーにして背中に持っていき、左は手のひらを上に差し出しながらかがむ。
「レディ、私と一緒に踊っていただけませんか?」
「……はい!」
おそらく自分の顔はぐしゃぐしゃで格好悪いだろう。それでも彼女は誰から見ても嬉しいとわかる輝かしい笑顔で自分の手に重ねてくれた。
*
授業と授業の間の短い休み時間、ノートと教科書を取り出し次の授業の予習を始める。
彼女との未来のためには少しでもかしこい自分でいないと。
「アルバート最近ダンスしなくなったな」
「図鑑もあんまり見てないよなー」
「うん。これからは彼女と二人で学ぶことにしたから」
「うわっ! 惚気だ。逃げろ逃げろ」
クラスメイトからの言葉にニコニコ顔で返事をしている自分に呆れ顔の親友が見ている。
「別の場所でも一人で練習してないのか?」
「うん。意味なかったから」
「意味ないことはなかっただろ」
「ありがとう。優しい親友で俺は嬉しいよ」
「ハイハイ」
親友への感謝を述べつつ、心の中で改めて否定する。
だって本当に意味なかったのだ。いくら毎日想像でローゼリアとダンスしていたって、本物の破壊力は凄まじかった。
毎日手を繋いでいた筈なのに改めて感じる重ねた手の小ささ。自分の手のひらから伝わる彼女の細い背中や腰。息遣いさえ感じられそうな近い距離。長いまつ毛が見えたと思いきや澄んだエメラルドが見えて、その瞬間の彼女が見せる照れた顔。
「はぁ〜〜彼女がかわいすぎる」
「コイツうるさ」
*
「じゃあ無事婚約できたのね」
「えぇ。色々聞いてくれてありがとう」
「いいのよ」
あの話し合いから時が経ち、改めて婚約の返事をしてまた数日。無事に婚約が結べたことを親友に報告できて良かった。
「これおいしい」
「ね。放課後もやってるらしいわよ」
「そうなの? アル様と来ようかしら」
「いいじゃない」
学園併設のカフェで紅茶とレモンタルトを食しながら、先日アル様と行ったカフェでの会話を思い出した。
スマートな所作をするために頑張っていた彼は意識するあまり家族の前でも披露してびっくりされたらしい。
思い返せばわたしの前でも口調が変になってた時があるし、本来の彼は少しうっかりさんなんだろうな。
でもそこが可愛いところなのよね。
「幸せそうな顔しちゃって。もう悩みもないんじゃない?」
「なやみ……実はね、あるの」
「え!?」
親友であるスーザンから言われたことに対し右手を頬に当ててアル様とダンスした時のことを思い出す。
毎日繋いでいる筈なのにダンスする時に感じる手の大きさ。背中や腰から伝わる彼の熱い体温。輝いてるプラチナの髪と輝いてるルビーの瞳。やさしくも熱い視線が自分だけを見つめているとまるで二人だけの世界みたいだった。
「はぁ、彼がかっこよすぎるのも考えものね」
「心配して損したわ」




