表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ゆいちゃん

作者: 中川クルス
掲載日:2026/01/23

廊下で、背中を向けたままの友だちに声をかけた。

振り向いた顔を見た瞬間、走って逃げた。

――でも、置いて帰ったことは、どうしても許せなかった。

「ゆいちゃん、まだ片付け終わらないのかな……」


教室に残っていたのは、もう私ひとりだった。昼間あれだけ騒がしかった空間が、夕方になると別の場所みたいに冷える。窓の外は薄暗く、黒板の文字だけがやけに白く見えた。


家に帰れば、お母さんがフルーツポンチを作って待っている。そう思うと、落ち着かない。約束していた相手が来ないことより、教室にひとりでいることの方が怖くなってきた。


「……探しに行こう」


子ども用携帯をポケットに押し込んだ。遅くなると母に心配されるから、いつも持っている。ランドセルを背負って廊下へ出た。


――いた。


廊下の先に、ゆいちゃんが立っていた。壁を向いたまま、動かない。近づくほど、背中が大きくなる。


「……ゆいちゃん? 片付け終わった? 一緒に帰れる?」


返事はすぐには返ってこなかった。


しばらくして、背中のまま、声だけが返ってきた。


「……ち、い、ちゃん、お待たせ。一緒に、カエロウ」


言葉の区切りが、変だった。声も、いつもの明るさがない。胸の奥が、どくんと重く鳴る。


どうして振り向かないの。


聞きたくないのに、聞いてしまう。


「……どうして、後ろ向いたままなの?」


ゆいちゃんが、ゆっくり言った。


「それはね……こんな顔に、なっちゃったから」


振り向いたゆいちゃんの顔を見て、息が止まった。

顔色が赤い。目が血走っている。おでこに二本、角。笑っているのに、笑っていない。鬼みたいな顔だった。


「きゃあああ!!」


私は叫んで、反対方向へ駆け出した。靴音が廊下に響く。階段へ飛び込み、二段飛ばしで下りる。


踊り場の壁に、美月先生が立っていた。壁に向かって。


「廊下は走っちゃだめよ」


背中のまま、淡々とした声。


「美月先生……! ゆいちゃんが、ゆいちゃんの顔が……!」


言葉がうまく繋がらない。壁に向いた背中が、妙に不気味だった。先生がゆっくり続ける。


「その顔って……こんな顔だったかい?」


振り向いた先生の顔も赤く、目が血走り、角が生えていた。


「きゃあああ!!」


もう止まれなかった。昇降口まで走り、靴を履き替えて、家まで一気に駆けた。


「お母さん……!」


台所で準備をしている背中に、学校のことをぶちまけようとして――言葉を飲み込んだ。


もし、お母さんまで。


「どうしたの? 何かあったの?」


背中を向けたまま、声がする。背中が、いやに大きい。喉がひゅっと鳴った。


「……ううん。なんでもない」


「今日のおやつはフルーツポンチよ」


振り向いた顔は、いつものお母さんだった。甘くて冷たい味に、少しだけ息が戻る。


――でも。


夜になっても、胸のざわざわは消えなかった。ソファに寝転がって、天井を見つめる。何が起きたのか、分からないのに、分かってしまう感じがする。


電話が鳴った。


お母さんが出る。受話器を耳に当てたまま、私の方を見ない。声が少し小さくなる。


電話を切ったあと、お母さんは受話器の方を向いたまま言った。


「ゆいちゃんのお母さんから。ゆいちゃん、まだ学校から帰って来ないんだって。何か知らない?」


背中に冷たい汗が流れた。


背中だ。背中を向けたまま話すとき、何かが始まる。


いま、言っちゃだめ。


「……知らない」


怖くて、そう答えてしまった。


「そう……」


振り向いた顔は優しいのに、胸がもっと苦しくなる。


ゆいちゃんは、まだ学校にいる。


私は、友達を置いて帰ってきてしまった。


ポケットに手を入れる。子ども用携帯が、冷たく当たった。画面を見ないように、ぎゅっと握りしめる。見たら、行かなくていい理由が見つかってしまいそうだった。


玄関の鍵を開ける。外はもう真っ暗だった。


「……待ってて。ゆいちゃん。いま行くから」


私は夜の学校へ向かって、走り出した。


to be continued

ここまで読んでくださってありがとうございます。

僕の作品は「決して見捨てない」ことを主軸にしています。

ちいちゃんが怖かったのは、角の生えた顔よりも、置いて帰ってしまった自分でした。


続きを書くなら、母親がちいちゃんの子ども用携帯の位置情報を頼りに、深夜の学校へ探しに行く回を書きたいと思っています。戻った先で、ちいちゃんはどうなってしまったのか。一旦今期のゆいちゃんはここまでにしようかと思っています。


ホラー短編オムニバス形式で毎週金曜日21:00更新を目指しています。第一期は30話を目標にしています。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ