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ー間中ー

 三時限目の授業が終わり、五分間の休憩時間に入ってすぐに不毛ないさかいは始まった。

 軽い雑談の声が聞こえる中、

「おい、丸井!! てめえ、俺の筆箱落としただろっ!!! ふざけんなよっ!!!」

 猫も杓子も口を閉ざしてしまうような雷の如く一声が、教室内を駆け抜けた。

 皆が、驚き、困惑し、一斉に声の方へと視線を遣る。肉付きの良い大柄な体型の下位男子が獰猛な狂犬にでもなったかのように、最下位女子に向けて何やらわめき散らしている。その下位男子のすぐ近くには、衰弱したネズミのように、灰色のパーカーを着て項垂れている丸井がいた。

「おい!! 丸井、てめえ人の話聞いてんのか!!?? 耳ついてんのかよ!! 俺に謝れ!!!」

 下位男子が激しい口調で責め立てている。

「……落としてない」

 少しの沈黙の後、丸井が口を開きぼそりと呟いた。

「嘘つくんじゃねえよ!! 筆箱がひとりでに動くわけがねえんだから、てめえ以外に誰が落とすんだよ!! 謝れよ!!!」

「……落としてない」

「この嘘つき!! ホラ吹き!!」

「……」

 下位男子の猛攻に丸井は完全に気圧されている様子だった。

「謝れ!!! 謝れ!!! 謝れよ!!! 人の物落としたんだから俺に謝れよ!!!」

「……」

 あいつも大変だなあ。

 どうやら、下位男子が丸井の机の上に筆箱を置いて長谷川と世間話をしていたのを、それに気が付かなかった丸井が腕で筆箱を床に落としてしまい、いちゃもんをつけられているようだった。

 間中は二人の圧倒的格差のあるいさかいを目の当たりにして、思わず苦笑した。これでは、明らかに丸井に分が悪い。

 丸井は過去に何度か問題を起こしたことのあるいわく付きの女子生徒で、多くの同級生達から距離を置かれたり、雑に扱われたり、いじめられたりしている。最近では下級生と海老原に暴力を振るい、笹木野の秘密を黒板に文字を書いて暴露したとかで、さらに孤立を深めているようだった。

「はああ~、また丸井かよ」

「来る学校、間違えてんじゃないの?」

「ドブスは心まで歪んでんな」

「丸井は、早く性格直せよ」

 クラスメイトの男子達を中心に、下位男子を擁護し、丸井を非難する動きが加速化している。

 ふと、間中は高木へ視線を向けた。正義感の強い高木であれば丸井の今、置かれている状況を見過ごせないだろうと思ったからだ。案の定、高木は眉間に皺を寄せ、厳しい表情を浮かべながら丸井と下位男子の方へ目を向けている。しかし、行動に移して手助けする気配はない。ただ、見ているだけだ。わざわざ情をかけてやる程の繋がりはないということだろう。

 そんな間中も丸井のことを、時々気が向いた時に会話をする程度の浅い仲であると思っている。きっと、丸井自身もそうだ。恐らく、お互いがクラスメイトではあるが友達とまでは言えない関係だと認識しているだろう。

 間中は、いつも通り胸にもやもやした気持ちを抱えながら丸井の災難を見過ごそうとした。

『信頼の置ける友達は、人生を潤してくれる潤滑油のようだ』

 突然、父親の言った言葉が頭をよぎる。

 間中は歯噛みをして、拳を強く強く握り締めた。丸井は友達ではない。けれど、今この教室内にいるクラスメイト達の誰よりも親近感を持てる存在であることは確かだ。

 やはり、放っておくのは気分が悪い。

 しょうがない。たまには俺っちが助けてやるか。

 間中は両膝を手の平で叩き、ようやく重い腰を上げた。

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