ー正ー
章子が生まれた瞬間、正はこの上ない幸福を感じ、渚の頬へキスをして喜びを分かち合った。章子は赤子ながら他の子より肌の色が白く、目鼻口の位置の均整も取れ、正は「きっと将来べっぴんさんになるね」
と、渚と微笑みを交わして、愛娘の成長を楽しみにしていた。
章子を千春保育園に入れ、しばらく経ったのち、保育士から章子に関するある秘密を打ち明けられた時には、子どもは純粋と言う俗説を覆すほどの強い衝撃を正は受けた。
保育士の話によると、お昼寝の時間になると章子は決まって、布団の中でパジャマを脱ぎ自慰行為に耽ったり、隣で寝ている男児に性的なイタズラをしたり、一人だけおねしょが治らなかったりするようであった。その中の何よりも正を驚愕させたのは、章子がまだたったの五歳足らずで性犯罪もどきの行為を人様の大事な息子さんにしたと言うことだった。
正は思わず指先が震えた。章子は生得的に強い性欲を持っている。正の内に眠る罪悪感が、ゆっくりと目を覚ます。
正は章子の恥ずべき秘密を知ってしまったが、正にも決して誰からも知られたくないある秘密を持っていた。赤ちゃんだった時の章子の性器が、見たこともないような形をしていたがために、ほんの出来心で指先でくすぐるように数分間触れてしまったのだ。
まさか、と正は思う。自分のせいで章子は自慰行為をしだし、挙げ句の果て、隣で寝ていた女児にまで手を出してしまったというのだろうか。事を荒立たせないために、正は渚と共に保育士に頭を下げ内密にしてくれるよう菓子折りを渡し事なきを得た。
章子は成長が早く、六年生の時点で既に身長が163cm、体重が54kgあり、それと比例して胸の膨らみも洋服の上からはっきり見て分かるようになった。当然だが、あれから章子の性器には触れていないし、あの時の自分を正はひどく責め続けている。渚から
「ちゃんと章子を愛しているの?」
と尋ねられた時は、
「愛しているわけがない」
と即答してしまうほど、過剰に意識してしまう時期もあった。
それもそのはず、章子のスマホを抜き打ちチェックした際に、近親相姦もののアダルト動画を見た形跡があったのだ。そんな章子を気持ち悪いと正は一刀両断し、自分にとって都合の悪い記憶を消去するよう努めた。
世話になっている保育士から
「もっと違うことに目を向けさせてあげてください」
との助言もいただき、
「章子を色々な場所へ連れて行ってあげたいね」
と、渚と話をしていたが、その時にどうしても入り用となるのが金だった。ほぼ働いていない為そんな金がある筈もない。
いつからか、章子に渚を奪われたと正は感じていた。ある日を境に、渚は責め口調で仕事と金のことを頻繁に正に詰問するようになった。章子が生まれる前までは決してなかったことだ。以前の渚はまるで自分のお袋のようであったのに、と正は後ろめたさの中で嘆く。
「章子が生まれたから……」
正は独りごちた。
「章子が生まれたせいで、お袋から貰った大事な金が消える。そんなのイヤだ。俺の金は俺だけのものだぞ」
章子が生まれたせいで、寛容溢れる都合の良い存在だった渚が変わってゆく。
「でも、俺は毎日働きたくても働けないんだ」
正は未だに実の母親から、毎月高額な小遣いと正月のお年玉を貰っていた。光熱費や家賃は、そこからまかなっている。
フルマラソンをスタートからゴールまで休みなく全力疾走できないように、常に渾身の力を振り絞り続けるのには限界がある。努力し続けられる才能がある人間は、天に選ばれし者のみだ。
いくらクズと罵られようと、しようがないことだって、この世界にはたくさんある。どんなクズでも、クズなりに理由があるからこそ、クズにならざるを得ないのだ。正は張り切りすぎるために、外面は良い傾向にあるが、家庭内では無精で気難しい御天気屋であるとして評判が悪かった。
頑張り続けられないから、ずっと無理をしていたくないから、大方楽をしていたいから、だから正はフリーのカメラマンとして半年に一度あるかないかの仕事をこなしながら日の目を見ることなく生きている。努力できる才能をひたすらに渇望しながらーー。




