ー高木ー
花びらが薄ピンク色に色づいた桜が、千春専門学校の教室の窓から可憐に顔を覗かせている。高木は桜の花が、あらゆる花々の中で一番好きだった。
高木が初めて章子を知ったのは、大好きな桜の花が満開になる八年生の春だった。地味な服装、素朴な顔立ち、内に籠り感情を表出させない重い雰囲気。それが章子の第一印象だった。
いつも孤影悄然と本を読んでいる章子の背中からは、この世の負を寄せ集めたかのような暗いオーラが放たれている。高木はそんな章子へ興味はあっても、きっかけもなく、話し掛けるまでには至らなかった。
しかし、ある日の昼休みの時間に廊下を前進している最中、高木は偶然にも章子への悪口を耳にしてしまう。
「……好きな人の名前は秘密。でも、嫌いな奴の名前なら言えるよ」
「えっ、誰々?」
「別に聞いても驚かないと思うぜ。ほら、あれだよ、あれ」
「誰だよ。とっとと教えろよ」
「ほら、あいつだよ。丸井章子」
「あ~、分かる。あのだんまりバカだろ? 体育の授業の前に黙られるとまじで迷惑だよな。俺もまじ嫌い。喋れないんだったら、最初から特別支援学校に入学しろよ」
「なっ。とっとと消えて欲しいわ。中途半端に頭のおかしな奴って、一番迷惑だよな」
「分かるわぁー。ホント死ねって思うよな。でも、他の授業の時は時間潰してくれるからありがたい時もあるけどさ」
「わりぃ。俺、勉強出来る方だから常に丸井のこと邪魔くさいと思ってる」
「勉強出来るの羨ましすぎ……」
男子の会話を聞いて、愛され上手の高木は、自分とはまるで違う世界線を生き、苦境に身を置く章子に同情した。あんな言われよう、さすがに可哀想。話せなくなるのだって、あがり症か何かを患っているのかもしれないし、わざとではないだろう。
だから、思い切って声を掛けたのが始まりだった。高木は途中まで同じ帰り道だと判明した章子と並んで通学路を歩き、たわいもない会話を重ねた。口重な章子との会話は、情報を引き出すのに苦戦を強いられたが悪い子ではないということだけは分かる。
季節は流れ、高木は、いつものように一人でリュックサックを背負って教室を去ろうとする章子を、気まぐれにも呼び止めようと口を開いた。
「ねえ、高木さん。丸井さんだけはやめた方がいいよ」
高木の発声を阻止するかのように背後から高い声が聞こえる。
「えっ?」
高木は後ろを振り向いた。
「今、丸井さんに話し掛けようとしたでしょ。彼女悪い噂もあるし、こういう言い方したらあれだけど、あまり変な子と仲良くしない方が良いんじゃないかな」
声の主は、上位女子である学級委員長だった。
学級委員長の差別的な物言いに、高木の中にある正義感が奔騰する。
「そうかな? 私は丸井さんのこと良い子だと思うな。悪い噂だって本当かどうか分からないし」
「……分かった。高木さんは優しいんだね。今、言ったことは忘れて」
学級委員長は申し訳なさそうな表情を浮かべたのち、ドアを開け教室から出て行った。
高木は学級委員長を見送りながら、既に教室を去っている章子への気持ちが徐々に翳り始めてゆくのを感じた。




