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ー円香ー

 章子に対して抱く嫌悪感と大の苦手とする固形チーズへの嫌悪感は、全く同じだと円香は思う。神経がうねるように顔の裏側が醜く縮み上がりそうになる度、円香は章子を見てはいられなくなる。

 章子を嫌う理由は複数あれどどれも実害はなく、こんなにも度を越して毛嫌いするほどの理由は見当たらない。それなのにも関わらず、円香は章子が嫌いだった。下の名前で呼び合おうと提案してみたものの、未だに友達間や心の中では章子のことを名字に呼び捨てで呼んでいる。それは仕方のないことだ。どう足掻いても、嫌いな人間に優しくすることはできない。できたとしても限度があるだろう。章子を生理的に苦手としている現実は変われない、と円香は思う。

 生理的に嫌い。

 その言葉以外では到底言い表せないくらいの、気狂いしそうになる嫌悪感は嗜虐をふんだんに内包している。

 実のところ、章子の方から円香に近付いてきたことが一度だけあった。まさか、あの大人しくて根暗で他力本願な章子が自分からアプローチしてくるとは、と円香は半ば驚きそして嫌がった。

 それは、全校遠足から数日経った昼休みの時間だった。その日は親友である彩花が風邪で学校を欠席していたため、円香は朝から寂しい思いをしていた。円香は一人、廊下側にある自分の席に着いて手持ち無沙汰に頬杖をついていた。

 すると、章子が恐る恐る円香の近くまで寄ってきて声を掛けようと口を開いた。

「ま、まどど、あの、円香ちゃん」

 顔を赤らめながらたどたどしく舌足らずな声を発する章子に、円香はすぐに虫酸が走った。九年生にもなって人の名前さえ、すらすら喋れないとは障害でもあるのかと気色悪さばかりがつきまとう。

「はぁ? なに?」

 円香は、突き上げてくる嫌悪と嗜虐を抑制しきれないといった態度と声音で持って返事をした。

「円香ちゃん、少しお話ししても良いかな?」

 章子は手入れしていないボサボサの眉毛を八の字にして、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

「はぁ?」

 当然章子の言った言葉の意味は充分理解できるが、章子の突拍子もない願いなど叶えてやりたくないし何よりも気持ち悪すぎる。

 どうして今は普通に話すことができるのに、スピーチなどの時には都合良く声が出なくなるのだろう。グランドピアノを持っている、とあんな底の抜けそうなおんぼろ家では持ち得ない、あり得ない嘘まで吐くし訳が分からない。

 円香は「はぁ?」しか言えないロボットにでもなったかのように、その言葉を連発して章子を追い払った。最終的には目まで真っ赤にしながら項垂れて自分の席へと戻っていった章子を、円香は嗜虐に染まった心で笑った。

 あいつにはこれくらいの対応でいい。彩花の友達の妹・栞ちゃんを手ひどくいじめた罪は重い。

 全校遠足からの帰宅後、栞ちゃんは泣き腫らした目をして「丸井って人。九年生の丸井章子って人からいじめられた」と涙ながらに訴えたと言う。栞ちゃんはアレルギー体質で鼻水がよく出てしまうためポケットティッシュは常に欠かせないが、全校遠足の際だけは持参するのを忘れてしまったようだった。行き帰りに手を繋いだ丸井という上級生から「鼻水が出てるの汚いね」や「なんでそんなに気持ち悪いものが出てくるの」という言葉の他、手を強く握られ爪を立てられたがために血が出た、といった暴力的なものまで幅広いいじめを受けた、と円香は彩花から丸井の悪事をつまびらかに聞かされていた。円香は暴力的ないじめについて章子を嫌う決定的な理由欲しさに彩花に詳細を尋ねたが、「それが、血が出たっていう手を注意深く見たらしいんだけど、傷一つついていなかったみたいなんだよね。だから、それだけは少し話を盛ってるのかも」

 返ってきた答えに円香は拍子抜けして落胆した。

 けれど、火のない所に煙は立たないと言う。

「丸井が栞ちゃんに何かしら手を出したのは確実だよね」

 円香と彩花はそう結論づけるに至った。

「虫も殺さぬような顔をして……」「『汚い』『気持ち悪い』って、そりゃあんただろ」

「裏で何て言われてるか知らないだろうね。みんな隠すの上手だから」「肝心な時に喋れないとか社会で通用しないだろうし、負け組確定。ざまあ」

 そして、時として円香は彩花と二人で章子の悪口を言い合い盛り上がった。

 円香の大胆で豪快な笑い声は、聞く人により受ける印象が異なるだろう。大半のクラスメイト達は、開けっ広げで裏表がなさそうと好感を抱くかもしれない。しかし、章子が聞けば、恐らくその笑い声は悪魔が出している哄笑にしか聞こえないだろう。

 円香は思う。まるで自由意志など存在しないかのように、突如降って湧いた嫌悪感と嗜虐心は一体どこからやって来て我を失わせるのだろう、と。章子から貸してもらった漫画本を、滅茶苦茶にちぎって公園にある公衆トイレの水道水に浸した時のことを頭の中に思い浮かべながら、円香は章子に優しくできない、判官贔屓できない自分が少しいやになった。


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