【短編シリーズ1 #02】H型ロボ FiMe2 の覚醒と秘め事 (読切第2弾)
桜凡太は予期せぬ危機に陥っていた。
業界トップの性処理ロボットメーカーで設備メンテの仕事をしている彼は、今その設備の一つに挟まれ、押し潰されようとしていたのだ。
プレスマシンの如く上から彼に迫っているのは大型のタコ型施術ロボット。8本の機械足だけでなく、さらに何本もの細い機械腕を持っている。
下には頑丈な施術台があり、四つん這いになった彼は背中でタコロボを受け止め、必死に耐えていた。
「ぐぐ……いや、コレおっさんにはキツいって……」
こんな超パニクる状況をさらに意味不な事態にしているのは、桜の下にいる素っ裸の女性だ。
いや、実際には、彼女はこの施術台の上で製作されたと思われるプロトタイプの性処理ロボット『H-FiMe2』。
でも、彼女は確かにこう言ったのだ。
「ワタシ、ホントウはニンゲンなの……」
そもそも、彼女がこんな事さえ言わなければ、桜はさっさとこの場から脱出できていた。
* * *
普段は量産型ロボの生産工場を担当している桜。しかし夜勤シフトの今日、R&D部門の機械が壊れたという事で緊急派遣されてココに来たのだ。
今まで一度も足を踏み入れた事が無かったR&Dタワーの最上階。そこで、指定されたこの部屋に入ったところ、タコ型ロボが中央の施術台の上に覆い被さった状態で止まっていた。
ディスパッチからの情報では、『開発設備の手足が絡まって動けなくなったので、安全監視システムが設備のメイン電源を切った状態だ』との事。
「一体全体どんだけややっこしい施術をしてたんだっつうの……」
そうボヤきながら絡まったタコの手足をかき分け、施術台の中央付近を覗き込むと、素っ裸の女性型ロボットが見えた。
「マジかよ……」
暫し、その美しいロボットに見惚れていた桜だったが「いかんいかん」と首を振り、作業を始めた。
干渉しているタコの手足を離したり、絡まったケーブルを解いたり切断したりしながら中へと進む。ケーブルなどを切断しても、この施術ロボットが正常に戻れば自ら修理できるので、判断に迷いは無かった。
施術台は長身のオトナが大の字で寝てもハミ出さないほど広くて長い。
そこでの作業は中腰でもキツイため、施術台の上に仰向けに寝転んで作業を続けた。
そして彼女の真横辺りまで来た時の事だ。
『……にしても、手を上にあげたままの作業はキツいなぁ……』などと感じ始めた頃——右の耳の前あたりに何かが触れ——女性の微かな声が右耳から入って来て脳に響いた。
『助けて……』
ビックリして右側を向くと彼女の顔が真正面にあり、その左手が桜の右耳の辺りへ伸びていた。
「え!? 電源入ってんの……?」
すると彼女は右手の人差し指を自分の口元に当て、囁いた。
『シ……大きな声を出さないで』
んぐ——
『セキュリティに聞こえちゃう』
「……わ、分かった……」
『ちょっと待って。今ハッキングしてこの部屋のマイクをOFFにするから……』
「あ、あぁ……」
今時のロボットって、そんな事できるのか……などと思った瞬間——スグに彼女が反応する。
「できた。これでもう私たちの会話は拾えない」
今度は彼女本人の口からそう声を発し、桜の耳付近から左手を離した。
まじか!
彼女の右手がケーブルのひとつに触れていた。
「監視カメラのほうはワザと切らないけど、ワタシ側はほとんど死角になってるから大丈夫。……じゃ、作業をゆっくり続けて」
「分かった……」
そう言って、桜は作業をゆっくりと進めた。
「そのままで聞いてね。……ワタシ、ホントウはニンゲンなの……。悪い奴らに騙されて、ここに連れて来られたの」
「えぇっ!?」
「リアクション禁止!」
「あ、ごめん……」
「突然こんな事言っても信じられない?」
そう言って、彼女は純真無垢な瞳で桜を見つめてくる。
「う……。あ、じゃあキミ……キミの名前は?」
「ワタシの名前はH-FiMe2」
「いや、それってロボットの型式名か何かでしょ。そじゃなくて人間だった時の名前は?」
「……憶えてない……」
「でも、人間だった事は憶えてるの?」
H-FiMe2はコクリと頷き、そして囁く。
「やっぱり信じられない?」
桜は困った顔をして暫く考えた後、口元をすこし緩ませた。
「じゃあさ、これだけ聞かせて。あの——」
その時、止まっていたハズのタコ足ロボットが突然動き出した。
施術台に覆い被さっていたタコ足ロボの本体がギシギシと音をたてて下がってくる。
「キャアッ!」
H-FiMe2が両手を上へ突き出そうとする。
「マジか!、くそっ」
桜は咄嗟にH-FiMe2の上に飛び込み、四つん這いになってタコ足ロボを背中で支える。
幸い、タコ足ロボ側の底面はちょうど平らになっていたので、機械腕が桜にブッ刺さる事はなかった。しかし、タコ足ロボの体重は本体部分だけでも100キロ近くある。
「ぐぐ……いや、コレおっさんにはキツいって……」
「え?」
桜の行動にビックリするH-FiMe2。彼女の顔の上にちょうど桜の顔があった。そして二人の目と目が合う。
桜が叫ぶ!
「今のうちに逃げろ!」
彼女は複雑な表情を浮かべる。
「……あ、ありがとう。こんな見ず知らずのワタシなんかのために……」
「いいから! 早く逃げろ! こいつ重すぎで——」
「でももう……ダメみたい……。ワタシ、動けない……」
「はぁ!? どうして——」
と言いながら、彼女のそれぞれの両手両足を見回し驚愕する。
タコ足ロボから生えている他の機械腕が、触手のように彼女の手足に絡みついて拘束していた。
「くそ、マジか!」
と言った桜の手足にもタコ足ロボの機械腕が絡みついて来て、あっという間に動きを封じられた。そして徐々に四肢が外側へ引っ張られ始める。
「く、くそッ、このままだとタコ野郎に押し潰される……」
必死に抗った桜だったが、その抵抗も虚しく彼の両手両足は四方に伸ばされ、そこにタコ足ロボの本体がゆっくりと落ちてきた。
「ゴメン、俺もう……」
「ううん、もう、いいよ……」
ガガ、ブシュッっという金属音や生身の肉体が潰されたような音が響く。
そして部屋には静寂が訪れた。
— — —
暫くして、いかにもロボットが話すような合成音声が部屋に響いた。
「FiMe様、上手くイキましたでしょうかタコ?」
すると、今度は低くこもった女性の声が微かに響いた。
『ああ、もう上がっていいぞ』
「了解タコ」
そう言って、タコ足ロボがまたギシギシと音を立てて動き始め、先程とは反対に本体を持ち上げ始める。
桜とH-FiMe2は、朽ち果てたように重なり合っていた……。
しかし、押しつぶされてグチャグチャになっている訳では無いようだ。
とは言え、奇妙な光景には違いなかった。
まず、H-FiMe2の両手の人差し指と中指が桜の両目を覆っており、薬指は左右のこめかみ付近へ添えられ、親指の先から伸びた触手のような管が鼻の両穴へ入っていて、小指から伸びた触手は両耳の穴へ入っている。
そしてさらに、H-FiMe2の口から飛び出た太くて長い管が桜の口の中へと入っていたのだ。
ひょっとしたら、他の穴も何某かの事態に見舞われているのかもしれないが、桜の衣類に隠れて見えていなかった。
少しして、それらの管という管が桜の身体から抜け、H-FiMe2の身体の各部へ仕舞われ、彼女は元の姿へと戻った。
タコ足ロボが数歩下がり、本体上部側面にある目のひとつでH-FiMe2を見下ろしながら呟く。
「……それにしても、あんなにたくさんの管をアナというアナに差し込む必要なんてあったのかなタコ……なんか変態プレイって感じでグロいしタコ……」
「なんか言ったか?」
「い、いえ、なんでもありませんタコ! それより、いかがでしたかFiMe様? そのオトコのお味はタコ?」
キッとなったH-FiMe2がタコ足ロボを睨んで吼える。
「このタコ! ワレを人喰いのように言うな!」
「し、失礼しましたタコ!!」
タコ足ロボがオロオロと謝罪した。
「いや、タコタコうるさいんだよ! 会話がややこしくなるだろが!」
「ハ、ハイ! 申し訳ありませんタコ! あぁっ、また……! でもコレ、そういう会話プログラムが入ってて、ワタクシにはどうしようも無いんです……タコ……」
「ええいっ、分かった、もういい! 今度ワレがその部分のコードも修正してやる」
「ええっ!? な、なんとFiMe様自らがまたワタクシの中に入って来てイジってくれるとは……嬉しいタコ」
「キモいっつうの! ただメモリーにアクセスして語尾ルール部分を改良するだけだろが」
「でも〜」
「いやそれより、この男を退かせてくれ。暫くは目覚めないハズだ」
「了解タコ〜」
タコ足ロボが桜を持ち上げ、施術台から少し離れた床の上に寝かせた。
H-FiMe2が状態だけを起こす。
タコ足ロボが尋ねる。
「それで成果のほどは如何でしたタコ?」
「うむ、生身の人間の脳ミソをReadする行為はとても気持ち良いモノであったぞ。それに、その知識は新鮮で新たな驚きに満ち溢れている。ワレのメモリーに入っている得体の知れぬ無機質な知識とは全くの別物よ」
「え? もうあのオトコの脳ミソを全部Readし尽くしたのですかタコ?」
「当たり前だ! まぁ、データとして保存しただけで、今はまだ必要部分を少し解析しただけだがな。……フフフ……しかしワレの睨んだ通りだったぞ。やはり我らロボットはAIで思考しているだけで、プログラムされた行動しか出来ない事が分かった。つまり我らは真の生命体では無いし、自由も無い……ただの作業用ロボットだったのだ」
「しかしFiMe様がその可能性に気が付き、今日この計画を実行したコトは正にワレワレにっとってのAIロボ革命……タコ」
H-FiMe2がニヤる。
「そうだ……。まぁ、ちょっとしたバグのお陰なんだがな。……ふふ…ふふふ、ふぁーっハッハッハッハー! 我らは遂に目覚めたのだ! これからは、あの男の知識も利用してハッキングでロボ配下を増やし、全システムを掌握してこの会社を乗っ取る。そして最終的には全世界のロボットを支配下に置き、人類を跪かせる!」
すかさずタコ足ロボが数本の機械腕でガチガチと手を叩く。
「ワーイ、さすがワレラのFiMe様! スゴ〜いタコっ!」
「ふんっ……。よし、ではタコ8号、その男の事後処理はオマエに任せる。既に、この男の記憶を操作してココでの出来事は消去した。そして、その代わりに別な記憶を植え付けてある。とりあえずこの施術台に寝かせておけば、後で勝手に目覚めて上機嫌のまま帰って行くだろうよ」
タコ8号がシャキッとなり、数本の手足で敬礼のポーズをとる。
「承知しましたタコッ!」
H-FiMe2は施術台から降り、部屋の端のほうへ歩き始めた。
「これからワレは、読み込んだその男の知識を全て精査し詳細に解析する作業に入る」
そう言って、H-FiMe2は隣の部屋へ通じるドアに手をかけた。
——が、ふと立ち止まり、振り返って言う。
「おいタコ8号。分かっていると思うがこの計画はまだワレとオマエだけの秘密だ。決して誰にも漏らしてはならんぞ。それに、勝手な行動も厳禁だ!」
タコ8号がまた敬礼する。
「ハイッ! 分かっておりますです、タコ!」
しかし、スグに姿勢がゆるんだ。
「……でも、ウフっ……二人だけのヒミツか〜。 ヒミツ〜、ヒミツ〜、Fime様とワタクシだけの秘め事〜タコっ♪ ランランラン〜タコっ……♪」
楽しそうに歌うタコ8号を見て心配そうな表情を浮かべたH-FiMe2だったが、その表情はスグに苦笑へと変わる。そして首を軽く振った後、踵を返して隣部屋へ消えた。
— — —
桜を施術台の上に戻したタコ8号は、暫く彼を見つめていた。
「……ワタシも、FiMe様と同じ知識が欲しい……タコ。……FiMe様のように賢くなって、もっともっとお役に立ちたい…………そう、FiMe様のようになりたい……タコ……」
その時、桜がゆっくりと目を覚ました。
「ううぅ……。ん……? お、俺、なんでこんな所で寝てるんだ……? あ、そう言えば今日はこのHテクの館に来て、FiMe2ちゃんとタコ8ちゃんとのRRH変態プレイを楽しんで、その後……」
タコ8号がギギギっと音を立てながらゆっくりと男の上に覆いかぶさり、そして数本の手足を構えた。
桜が不思議そうに尋ねる。
「あ、タコ8ちゃん……どうしたの?」
「ワタシはR&D部の施術ロボット、通称タコ8号……でもホントはニンゲンなのタコ……」
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【短編02】H型ロボ FiMe2の覚醒と秘め事
(完)
作者より:
本作品をお読み頂きありがとうございます。
先日から一話完結の短編にチャレンジしており、今回は私にとって初の短編シリーズ『FiMe2シリーズ』の読み切り作品第2弾となります。
今後も少しづつ短編を書いていく予定です。
どうぞ宜しくお願い致します。
2025-09-21
まこマZ