9)火のない夜
投稿日時
なう(2025/07/05 17:01:03)
改稿日時
夜の冷気は、骨の髄まで染み込むようだった。
陽翔は、横穴住居の奥で膝を抱え込み、震えていた。
「……くそ、さむ……」
昨日と同じだ。
いや、昨日以上に寒い気がする。
簡易的に敷いた葉や草のベッドは、多少の保温性はあるものの、根本的な寒さを防げるものではなかった。
(……火が、欲しい)
それはもう、切実な願いだった。
単なる暖を取るためだけではない。
井戸から得た泥水の煮沸消毒も、土器の焼成も、火がなければどうにもならない。
陽翔は昼のうちに集めておいた枯れ枝と、乾いた葉を前に置き、うずくまるようにして息を吐いた。
「たしか……木と木をこすり合わせれば……」
テレビや漫画、サバイバル本の知識が断片的に頭に浮かぶ。
両手で細い棒を挟み、くるくると回転させてみる。
——が。
「無理……っ、手が……! 滑る!」
掌が痛い。
木は滑るし、手の力だけでは到底回転速度が足りない。
煙すら出ない。
(いや、待て……押しつけながら回すんだっけ?)
少し角度を変え、体重をかけてみる。
今度は棒が地面に突き刺さって、うまく回らない。
「うああ……っ、もう……!」
何度も挑戦し、何度も失敗し、やがて陽翔は大きく息を吐いて座り込んだ。
手のひらには擦り傷ができ、汚れた土で赤く染まっている。
(寒い……疲れた……)
今夜も火のないまま眠ることになった。
井戸の前で抱え込んだ膝に額を当てて、じっと寒さをやり過ごす。
身体が震える。
胃が空っぽで、痛みすら感じない。
それでも、彼は何もできず、ただじっと夜を越すしかなかった。
「……明日こそ……」
声に出してみると、不思議とほんの少しだけ心が強くなれた気がした。
この世界に来て、何も無いところから一つずつ築いてきた。
なら、火も——必ず。