6)簡易住居と静かなる覚悟
投稿日時
なう(2025/07/05 16:50:25)
改稿日時
陽翔はあぐらをかいて地面に座り、あたりを見回した。
風が吹き抜ける森の空気は、昼よりも少し冷たく感じる。
(寝床……だよな。火もないし、屋根くらいは無いと)
決して快適さを求めているわけではない。
だが、無防備なまま森の地面に横になるのは、あまりにも無謀すぎる。
木の上という選択肢も浮かんだが、万一寝返りを打って落ちたりしたら洒落にならない。
ならば——地面に“潜る”方が、現実的だった。
「よし、掘るか」
手のひらを軽く開いて魔力を集中させる。
それを地面に向けて放出すると、土がぶわっと弾け飛び、手早く深さ一メートルほどの落とし穴のような窪地ができた。
そこからさらに、側面に横穴を掘り進める。
(……寝転がれるくらいの高さと広さ、あればいい)
魔力の制御もだいぶ慣れてきた。精密な造形まではいかないが、荒削りでも力加減で形を整えることはできるようになっていた。
数十分後、簡素ながら人ひとりが横になれるだけの空間が完成した。
入口部分には滑らないよう、土を階段状に削って上り下りしやすくする。
森の落ち葉を適当に敷き詰めて、冷たい土の直座りだけは避ける程度の工夫もした。
「あとは……ここで一晩耐えられれば、だな」
空を見上げると、すでに森の上に夕闇が広がっていた。
地平線の向こうにわずかに残る光が、やがて色を失っていく。
今日という一日。
目を覚ましたら見知らぬ森の中で、裸一貫。
葉っぱと蔓で服を作り、探索し、魔力を覚え、木を倒し、そして穴を掘って……。
(これだけやって、まだ夢なら……どんだけリアルな夢なんだよ)
その思いに、自然と小さく苦笑が漏れた。
現実だ。そう思うしかなかった。
あの温かい布団も、スマホも、ゲーム画面も、もう手の届かない彼方のものだ。
「……受け止めるしか、ないか」
ぽつりと、ひとりごとのように呟いて、横穴に身を沈める。
天井は低いが、身を丸めれば眠れる。
風も少しは防げる。
____だが。
「寒っ……!」
火が無いというのは、想像以上だった。
服も満足にない。地面の冷たさがじわじわと体温を奪っていく。
おまけに、腹が減っていた。
探索の成果は空振り。何も食べていないし、喉も乾いている。
(明日……明日こそは、水と食料を……)
そう、固く心に誓った。
魔力がある。少しは危険にも立ち向かえる。
ならば、今度は一歩先へ。生き延びるための本当の戦いを、始めなければ。
陽翔は、寒さと空腹に身を震わせながら、丸くなって目を閉じた。
どこかで小鳥の羽音が、夜の帳に消えていった。