13)命のしずく
投稿日時
なう(2025/07/05 17:14:57)
改稿日時
2つの土器を前に、村瀬陽翔は静かに息を吐いた。
小さな成功を積み重ねて、ここまで来た。
次は、"この泥水を飲める水に変える"という挑戦だ。
まず、昨日掘り当てた井戸の泥水の上澄みを器に汲む。
泥の混ざりをできるだけ避けるように、ゆっくりとすくい取る。
透明ではないが、沈殿を取り除いた分、多少はマシだ。
「よし、火に……いや、まずは温めからだな」
土器は焼成済みとはいえ、いきなり直火にかければ割れる。
そのリスクはもう経験済みだ。
彼は焚き火の周囲に土を寄せて、小さな土壇を作る。そこに器を置き、じわじわと火の熱を伝える。
器に耳を澄ませると、時折ぴちりと粘土が鳴る音がした。
「……大丈夫。焦るな。割れるなよ」
十分に温まったところで、今度は地面に即席の小さなかまどを作る。
石を3つ組み、隙間に火を通して、そこに土器をセットした。
パチパチと小さな音を立てて、水が徐々に温まり、やがてふつふつと泡を立てる。
「きた……!」
火の横に用意したのは、幅の広い葉っぱだ。
蒸気が上がる場所に被せるようにして構え、その下にもう一つの土器を配置する。
葉の表面で冷えた水蒸気が水滴となり、ぽた、ぽた……と器に落ちる。
その様子を、陽翔はじっと見守る。
目の前で命の水が生まれている。
それは奇跡でも魔法でもない、自分の手で積み上げた「現実」だ。
「……これが、生きるってことなんだな」
火の熱さ、葉を支える手の痛み、煙でむせる喉、じっとしているだけでも疲れる足腰。
だが、それでも手を止められなかった。
この一滴が、彼の命をつなぐ希望だから。
数時間後──
ようやく、片手のひらにすくえる程度の水滴が下の土器にたまっていた。
彼はそれを、そっと口に含む。
「……うまい」
涙が出るほど、うまかった。
これが、水というものの本当の価値なのかもしれない。