【第1話】プロローグ:目覚め
執筆開始日時
なう(2025/07/05 15:59:38)
改稿日時
なう(2025/07/08 00:16:28)
ひやりとした感触が背中を撫でた。
村瀬陽翔は、うっすらと意識を取り戻しながら、何かが肌に直接触れていることに気づいた。冷たい。それは布団の冷たさでも、畳のひんやりでもなかった。ざらついていて、時折、細かな何かが肌をかすめる感触——乾いた土や草の葉先のようなものだと、後になって思い至る。
まぶたを開ける。柔らかい光が視界を満たした。
上を仰げば、空。どこまでも澄み切った青に、白い雲がゆるやかに流れている。太陽らしきものもそこにあったが、光はどこかやさしく、じりじりと焼けつくような強さはなかった。辺りからは、風の音と、名も知らぬ虫の羽音、小鳥のさえずりが断続的に届いてくる。
「……は?」
小さく声を漏らしながら、上体を起こす。土と草に覆われた地面が広がり、その周囲を濃密な緑が囲んでいた。見渡すかぎり、人工物は一切存在しない。切りそろえられた樹木もなければ、舗装された道もない。鬱蒼と生い茂る原生林——いや、「ジャングル」と形容したほうが近いかもしれない。管理の手が一切入っていない、むき出しの自然。
陽翔は思わず自分の腕に目を落とした。…そして、全身に血の気が引く。
(……服が、ない?)
どこを探しても、身につけていたはずの衣服が見当たらない。ズボンも、シャツも、下着さえも。この肌の感触はすべて、直に自然と触れ合っている証拠だった。
「ちょ、嘘だろ……?」
立ち上がろうとして、ひざがわずかに震えた。急激な羞恥と戸惑いが、冷たい汗を背筋に走らせる。とはいえ誰かに見られている気配はない。いや、そもそも人の気配そのものが、まるで感じられない。
陽翔は、深く息を吸い込んだ。鼻の奥に、土と草の混じり合った香りが広がる。聞き慣れない鳥の声が、どこか遠くで響いた。
(ここ、どこなんだよ……)
まるで自然ドキュメンタリーの中に迷い込んだようだった。すべてが現実味に欠けていた。だが、五感が伝えてくる情報はあまりにも鮮明で、嘘をついているようには思えない。風の温度、土の湿り気、鳥の声の遠近までが、生々しく体に沁み込んでくる。
(夢……だよな。うん、これは夢だ。裸で森に放り出されて、って、そんなわけ……)
けれど、もしこれが夢なら——なぜ、寒さを感じている?
なぜ、自分の心臓が不安と焦りで早鐘のように打ち続けている?
陽翔は腕を抱き、自分の身体を隠すように身をすくめた。むやみに動けば怪我をするかもしれないし、何がいるかわからない。だが、動かなくても状況は変わらない。
(……くそっ)
唇を噛んだ。とにかく、落ち着け。パニックになるのは簡単だが、それでは何も進まない。自分が今、何をすべきか。何を確かめるべきか。それを考えるのが先だ。
しかしその前に、まず最も肝心な問いが頭をよぎった。
——どうして、俺はここにいるんだ?
思考は、そこで宙ぶらりんになった。