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6.聖女の浄化

 佳詩奈(かしな)は旅装に着替えた。ちょっと見ただけでは聖女とばれないようにするためだ。そして食料やテントなど必要な装備を揃えた。王国軍の騎士たちは身に着けていた装備ごと消滅した。だが野営の天幕はそのまま残っていたので、そうしたものはいくらでもあった。

 準備を整えると王都へと戻った。道のりは短いものではなかった。だが、聖女として強化された身体能力と、夢に向かって進んでいるという興奮が、佳詩奈の足を前へ前へと進ませた。


 王都を目視できる距離に来ると佳詩奈はひとまず止まった。地図と照らし合わせ、周囲の地形を確認して入念に計画を立てた。王都の中には入らず、王都周辺に魔法陣を作っていった。先日の廃城よりはるかに範囲が広いから、計8箇所に魔法陣を作ることにした。食事は携行食で済ませ、夜はテントで野宿した。つらい生活だったが、夢に向かって突き進む佳詩奈にとっては苦にならなかった。

 

 そして王都に着いてから一週間後。朝日が昇ると同時に、佳詩奈は『大規模浄化結界』を発動させた。

 

 


 朝日と共に王都を包む眩いばかりの白い光。王都の人々は、最初それを危険なものだとは思わなかった。光は温かで清らかだった。イラウサージュ王国は女神の加護を受けている。だから聖女が召喚される。きっとこれは女神の祝福なのだと思った。

 やがてそうではないことを知る。その光によって、手が、足が、身体が。消えていく。自分の身体が消えていくのを、否応なく理解した。幸せな気持ちはすぐに吹き飛んだ。

 なぜ、どうして。その疑問に考えをめぐらす時間もなかった。

 老いも若きも区別なく、男も女も関係なく、善人も悪人も平等に。王都の人々は消滅した。

 

 

 

 朝日の昇り切った頃、佳詩奈は王都に足を踏み入れた。魔力探知で周囲を探りながら歩みを進める。王都の一か所だけ浄化できなかったが、それ以外の場所に人の気配はなかった。

 他国からやってきた旅行者や商人は残ってしまうのではないかと心配したが、どうやらそれは杞憂に終わったようだった。旅人や商人は、王国になんらかの利益をもたらしたから穢れたということになったのか。あるいは佳詩奈の浄化の力は、王国の人間以外も消滅させられるのかもしれない。

 

 いずれにしろ、きれいに消えてくれてよかった。

 佳詩奈は上機嫌で王都を散策した。どこに道を歩いても誰も見当たらない。角を曲がっても、建物に入っても、誰もいない。

 周辺諸国の中でも大国と言われるイラウサージュ王国。その王都ヴライベールが自分だけのものになった。自分自身ですら気づかなかった夢が、現実のものとなった。あまりにしあわせ過ぎて実感がわかなかった。まるで雲の上にいるかのようなふわふわとした足取りで、佳詩奈は気の向くままに王都を散策した。

 

 しかしその幸せな気分は小一時間ほどで終わってしまった。

 

「あっ! あれは聖女様では!?」

「せ、聖女様! 大変なのです! 王都の民がいなくなってしまったのです!」

「魔物の軍勢との戦いはどうなったのですか!? これは魔物のしわざなのでしょうか!?」


 やってきたのは騎士の一団だった。旅装を着ていても、聖女としての佳詩奈の顔はよく知られている。誰もいない王都で見つけられればバレるのは避けられない事だった。

 佳詩奈が浄化できなかった一か所とは王城だ。夢に向かって突き進んだ佳詩奈だったが、『親愛による縛鎖(ディアー・バインド)』は未だ有効だった。悪事を犯したとしても、それが愛する家族なら、裁くより先に守ることを考えてしまう……そんなありふれた気の迷いのせいで、王城だけは浄化できなかったのだ。

 

 

 

 さまざまなことを問いかけてくる騎士たちに対し、事情は王子に報告するまで明かせないと言った。そして王城まで案内させた。

 王城に着くと、すぐさま会議室へ通された。会議室には既に王族や重臣たちが揃っていた。事前に話は通っていたらしい。

 佳詩奈も聖女としてこうした会議には何度か出席したことがある。いつもより席に着く重臣が少ない気がした。おそらく城の外にいて消滅してしまったのだろう。

 

 席に着くと、会議が始まった。

 

「聖女カシナよ、魔物の軍勢との戦いはどうなったのか。王都に何が起きたのか。どうか話してくれまいか?」


 国王から促され、佳詩奈は立ち上がった。参席した人々の視線が集まる。その目は不安と困惑に揺れている。魔物の軍勢討伐に向かった王国の主力から連絡が途絶え、王都の人々が消えれば当然のことだろう。

 佳詩奈はそんな緊張を気にした風もなく、厳かに語り始めた。

 

「これは、神罰です」


 重臣たちの多くは怪訝な顔をした。王国は女神の加護を受けている。だから聖女召喚が成り立っている。それが表向きの理由だからだ。

 だが王族だけは何かを悟ったのか、さっと顔色を青ざめさせた。


「わたしがこの王国に召喚される直前。女神アインフィラーヴェ様とお会いしました。聖女とは本来は国家存亡の危機に瀕した時のみ召喚される存在。女神様は、王国が聖女を魔物討伐の兵器として常用していることを快く思っていませんでした。そして『親愛による縛鎖(ディアー・バインド)』を使って何人もの少女の人生を歪めたことを憂いていました。

 女神様は、王国にしかるべき罰を与えるために、このわたしに過剰なまでの浄化の力を与えたのです。そしてわたしは女神の導きに従い、浄化の力で王国軍と王都の人々を消滅させました」

 

 佳詩奈は嘘を言っていない。明確な指示こそ出さなかったが、今となっては女神の意図は明らかだ。

 ただ、「王都を『自分だけの特別な場所』にしたい」という夢については触れなかった。

 話しても理解してもらえるとは思えなかった。そもそも佳詩奈が抱いているのは自分の中だけで完結する孤独な夢だ。他人の理解を得ようとは思わなかった。


 会議室はしんと静まり返った。動く者はいなかった。誰もが息をひそめていた。みな、神罰が自分に降りかかるのではないかと恐れているようだった。

 普通ならば信じがたいことだろう。しかし、王城にいても王都が浄化の光に包まれて人々が消え去る様を目にした者は少なくなかったのだろう。直接見ていなくても、王都の状況は伝わっていたはずだ。


「わたしからお話ししたいことは、以上です」


 そう言って佳詩奈が席に座ると、参席者たちは堰を切ったように意見を交わし始めた。もはや沈黙に耐えられないといったようだった。バラバラの会話は、もはや会議の体を成していなかった。

 そんな周囲の喧噪を他人事のように眺めながら、佳詩奈は紅茶を口にした。彼女としては、彼らには神罰を恐れて王都を去る決断をしてほしかった。早く静かな王都で一人になりたいと思っていた。

 そんな中、突然叫び声が上がった。

 

「う、う、うわああああああ!」


 会議室の扉の前に控えていた騎士が突然剣を抜き放つと、佳詩奈に向けて切りつけてきた。

 王都を壊滅させた聖女がのうのうと紅茶を飲んでいるのだ。恐怖に負けて蛮行に及ぶのも無理のないことだった。

 他の騎士たちも止めようと動き出すが、あまりに突然のことに間に合わない。

 佳詩奈は慌てなかった。大丈夫だとわかっていた。席から立つこともせず、『聖なるオーラ』を身に纏った。

 剣は『聖なるオーラ』を突破できなかった。触れた時点で刀身は消滅した。『聖なるオーラ』は穢れたものを阻む。穢れた王国の剣は、阻まれるどころか存在すら許されなかったのだ。

 

「あ……あ?」


 柄だけ残った剣を眺めながら呆然とする騎士に対して、佳詩奈は『浄化の光』を放った。騎士は跡形もなく消滅した。

 会議場に重苦しい沈黙が満ちた。聖女が本当に浄化の力で人間を消滅させるのを目の当たりにした。それは王国を支える重臣でも、言葉を失うような衝撃的なことだった。

 そんな重圧の中、決然と立ち上がったのは国王だった。

 

「せ、聖女カシナよ。我が王国の騎士が無礼なことをして申し訳ない。我が国に神罰の代行者となった貴女に逆らう意図はない!」


 国王は頭を下げた。

 その言動は国を背負う者として正しいものだ。しかし小刻みに震え脂汗を流すその姿は、国王と言ってもただの人間に過ぎないと思わせるものだった。


「頭を上げてください。わたしは気にしていません。仕方のないことだと理解しています」

 

 佳詩奈は特に気にした風もなく、粛然と答えた。

 今のやりとりは佳詩奈にとっても実のあることだった。

 まず、王城の中であっても王家の者でなければ浄化することができることがわかった。王国に属する騎士の剣が届かないことも証明された。聖女はもともと毒にも耐性があるし、回復魔法を何種類も使える。暗殺は困難なことだろう。

 

 加えて、周囲の恐怖を誘うこともできた。目の前で人間に一人が消滅するのは相当な衝撃を与えたようだ。誰も佳詩奈と目を合わせようとしない。これなら自主的に王都から退去してくれるかもしれないと、佳詩奈は期待した。

 

「聖女カシナ様、どうかおわびをさせて欲しい。何か望みがあるなら教えていただけないだろうか?」


 そう申し出たのは第三王子エスインダルだ。小刻みに震えながらも、こちらに向ける視線はぶれない。優秀な人物だとは知ってはいたが、この状況で恐怖に屈せずに意見を述べてくるとは大したものだ。佳詩奈は好ましさを感じた。でもこの感情はおそらく、『親愛による縛鎖(ディアー・バインド)』によるものだろう。

 

 佳詩奈の望みは「全員王都から出ていけ」だ。思わず口に出してしまいそうになったがこらえた。

 『親愛による縛鎖(ディアー・バインド)』はまだ彼女を縛っている。それを利用されるとどうなるかわからない。王家には極力こちらの真意を知られたくなかった。

 他に望むことは何かないかと考え、佳詩奈はふと閃いた。

 

「浄化された人々を悼むため、王都をめぐってみたいと考えています。ですがこれまでは聖女の仕事が忙しく、王都の道には不慣れなところがあります。誰かが案内をしてくださるとうれしいです」


 思いついたのは王都の案内を頼むことだった。

 彼女は日本にいたころ廃墟をめぐっていた。自分の中の本当の欲望は廃墟マニアのそれとは違うものだったが、それでも廃墟の楽しみ方がそう大きく変わるわけではない。廃墟はその歴史を知っていた方が楽しめる。せっかく生き残っている人間がいるのだから、その口から直に聞くのもいいかと思った。

 もっともらしい理由をつけたが、彼女の要求とは、ただの観光だ。

 

「承知した。それでは私がご案内しよう。申し訳ないが、少々お時間をいただきたい。準備ができるまで、自室でお待ちいただけますか?」


 どうやらエスインダル王子自らが案内するつもりのようだ。予想外の申し出だった。

 でもそれも悪くない。誰もいなくなった王都を王子に案内されて歩くと言うのは、なんだかおとぎ話の一節のようだ。きっといい思い出になるだろう。


「わかりました。それではお願いします、王子様」


 佳詩奈は微笑んで、エスインダル王子の申し出を受けた。

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