第2話 お約束は漂着から後編
「・・・・・・はい?」
何とかフリーズした思考から解放された俺の口から出た言葉はそれが限界だった。
だって、海で遭難したと思って気がついたら縛られていて、挙句見知らぬおっさんに側に侍らすだの何だの。
これで正常に思考が働く人間が居たら是非とも紹介して頂きたい。
しかし、混乱していたところで事態が進展するわけでもない。
オーケイ、先ずは事態を整理しよう。
1、ここは見知らぬ何処か
2、俺、縛られている
3、目の前には知らないおっさん
プラス良く解らない事をほざいていた気がする。もしかして俺の言語能力不足だろうか?
「すまないが、俺の言葉は通じているだろうか?」
「心配せずとも、通じている。それどころか八ツ島人にしては、非常に流暢だ」
どうやら言葉は通じている。
おまけにこちらが八ツ島人だという事にも気が付いているらしい。
更に混乱を極めていると向こうから話し出した。
「今君は私の発言が解っていない様だな。先ずはそこから説明しよう」
頼むからそうしてくれ。こっちはもう頭がパンクしそうだ。
おっさんはまるで遠くを見るように語りだした。
「私は黒髪黒瞳が大好きなのだよ」
・・・・・・真剣な顔でどうでも良い事を言っていた。
呆れて物が言えないとはこの事だろうが、おっさんの独白は続いていく。
「特にそう!!八ツ島人は堪らない!!」
「黒髪黒瞳は然る事ながら、華奢な体付きと従順な気質!!何もかもが私の好みだ!!!」
どうしよう?
何だか泣きたくなって来た。
しかし、これは解決の糸口に成るんじゃないか?
このおっさんは勘違いしている。それを指摘してやれば、この状況を打開できるかも。
「あのな、・・・・・・一つ勘違いしているようだが、俺は男だ!!」
「そんな事は知っている。私は男の子が堪らなく愛おしいのだ!!!」
・・・・・・ああ、そうか。このおっさんは勘違いしているんじゃない。解った上で俺を監禁しているんだ。
これは無理ですよ?
どう考えたってもう次元が違いすぎるもん。
あはははは、異文化コミュニケーション!!異文化コミュニケーション!!
アヴァルにも衆道ってあるんだな~♪
あは、あははははははははあは~♪
もう俺の思考は遥か遠くに渡っていた。
だってさ、自分で言うのもなんだが普通主人公が漂着とかしたら、ヒロインとかに助けられるもんじゃねえ?
そんでゆくゆくは良い仲になるとか、そう言う物じゃねえの?
赤毛の冒険者なんて毎回そうだよ。「遭難が趣味なんですか?」って聞きたくなるレベルだよ。そんで毎回美少女に助けられて。
なに?衆道趣味の異国のおっさんとか?
誰が喜ぶんだよ!?
あまりの出来事に混乱且つ、良く解らない電波を受信してしまった。何だ主人公って。
しかし相手は待ってくれない。おっさんの方で動く気配が在った。
警戒しておっさんが居た方を見ると・・・・・・。
目の前の事態に俺は目を剥いて固まるしかない。
そこにおっさんは居なかった。
いや厳密な意味では同一人物だが、既にそれは先程まで話していたおっさんではない。
そう彼の者は人の世に在る戒めより解き放たれた者。
人が恩恵を受ける為に敢えて甘受した運命に叛逆する者。
人が科せられた古より続く束縛から真の自由を勝ち取った者。
己の意思で戦いに赴き、悪と言われ様と覚悟を糧に進み続ける者。
汝その名は・・・!!!
そう、そこには!!・・・・・・・・・・・・そこには、一人の全裸が居た。
「ひいいいいいいいいいっ!?」
訳が解らなかった。
「なんで!?なんで、服を脱いだ!!何故全裸なんだ!?」
俺の叫びが心底不思議だったのか、おっさんから全裸に昇格(?)した男は怪訝そうな顔になった。
「何を言っている?・・・・・・まさか、君は服を着たままスルのが好きなのか?」
「それはいけない。愛し合うもの同士、神の御前で己を偽る事無く、在りのままを晒さなければ!!」
「ツッコミ所が多すぎんぞ!?先ず愛し合ってねえ!!」
すると、先程まで全く表情を変えなかった全裸が初めてニヤリっと笑った。
駄目だ!!絶対あれろくな事考えてない目だ!!
「問題ない。私と一つになれば直に気持ちは変わってくる」
はい、正解!!ろくな事じゃありませんでしたー!!!
そんな百目に構わず全裸はゆっくりと近付いてくる。
また、微妙に大きいのだ。いわゆる股間のゾウさんが。しかも全裸の歩みに合わせてユラユラしている。
もう百目は恥も外聞無く涙目になっていた。
縛られてさえいなければどうにか出来たかもしれないが、今は手の一つすら動かせない。
(嫌だ。死ぬ思いでやっと着いた遠い異国の地で男との合体なんて死んでも御免だ!!!)
それが起こったのは、遂に全裸の手が百目に届き、百目が思わず目を閉じた瞬間だった。
どう形容して良いのか。決して耳あたりの良い音とは言えない、無理矢理に木造家屋を押し潰したかの様な轟音が響き渡り、部屋の半分が無くなっていた。
無くなった部屋の向こうには、外の風景と空が青々と広がっており、視界には薙ぎ倒されたであろう屋敷の残骸が一面に広がっている。
消えた部屋の代わりに、そこには一人の男が立っていた。
一見して年齢までは解らないが、外見的特徴としては百目と人種的に似ていた。
恐らくは八ツ島人だ。
しかし、百目と全裸が唖然としているのは、そんな事が理由ではない。
明らかに他のパーツが異様過ぎるのだ。
ヒョロリとした体には白衣を纏っているが、所々ドス黒く汚れ、顔の半分を覆い隠さんばかりの髪の奥からはランランとした目が覗く。口までは髪も届いていないが、三日月の様にニタァと開かれ、中は血の様に赤くテラテラとしている。極め付けは見た事も無い剣が、金属同士を擦り合せる様なキィィィというけたたましい音を立てながら両手に握られていた。まるでチェーンソーをそのまま剣のサイズまで細くした様な代物だ。
このまま月明かりの下に佇むか、夜中の街角にでも立っていれば立派なホラー映画が出来上がるだろう。
あまりの出来事に百目と全裸が絶句していると。
「キミが、平塚百目君かイ」
「あっ、はい、そうです」
どこか、イントネーションが狂った様な言葉だったが、異様な事態に思わず敬語で答えてしまった。
同様に全裸もどうしていいのか解らず、固まっていた。
「この発明は成功だネェ。特定人物の魔力波長を登録する事で探知・追跡すル。ヤンデレ御用達『人物追跡スカウター』!!!」
ネーミングセンスが壊滅的なストップウォッチがどうにかなった物を握り締め興奮する男を眺めながら、「ああ、この人間違いない八ツ島人だ」(最も八ツ島にヤンデレという概念が、それ以前にこの世界に存在するかは謎である)そんな事を呆然としたまま百目が考えていると。
「早速、帰ってレポートに記さなけれバ!!」
男はそう言うといそいそと退場して行こうとした。
百目も全裸も呆然としていたが、先に我に帰ったのは百目だった。
「ちょ、ちょっと待って。この状況見て何も思わんのかい!!てか、助けてください!!!」
「んン~。そう言えバ、キミは何故縛られているんだイ~。まさカ!!そういうプレイィィィィィィ。イヒヒヒヒヒ、若いのニ何て倒錯的なんだイィィィ。流石のボクもソッチの趣味は無いからネェェェェ!!!!!」
「そんな訳無いだろ!犯されそうになってんだよ!!」
「でモ、急いでレポートを書きたいからネェ。今度機会が在ったら助けるヨ~」
こんな機会がそう何度も在ってたまるか!!!と百目が叫ぼうとした瞬間、男はいきなりあらぬ方向を見上げ、真面目な顔で八ツ島語を喋った。
「それジャ沙綺君、後は宜しク」
それだけ言うと、男は奇怪な笑い声を上げながら本当に帰って行った。
その時点でやっと全裸も思考が戻ったのか。
「さ、さあ、邪魔者は居なくなった。私と今こそ一つになろう!!」
しかし百目にとってはそれどころじゃない。
全裸は流石に八ツ島語までは理解出来なかったらしく、先ほどの男の置き台詞を理解出来たのはこの場で百目だけだった。いや理解してしまった。そしてその理解が正しければ、もう少ししたらこの場は文字通り「地獄」と化す。
「・・・・・・逃げ・・・」
「えっ?」
「良いから逃げろ。早くこの場から逃げろ、おっさん!!!」
「何を馬・・・・」
そこまで言った所で、全裸が目の前から消えた。
いや正確には吹き飛んだ。良く見れば痙攣する全裸が屋敷の残骸の間に転がっている。
百目はガタガタと震えながら何とか体を動かし後ろに目をやり、そして悲鳴を上げた。
―――鬼だ。
そこには、鬼が立っていた。
まるで鮮血の様な瞳と髪。その長い髪は魔力の過剰放出によりユラユラと揺れている。その様はさながら燃え盛る業火にも見える。
そしてその額には鬼の証―――角が二本生えていた。
顔や体型などを見る限り、その鬼は女性体なのだろう。外見上の体付きは細く、もっと言ってしまえば華奢にすら見える。
しかし、百目は知っている。その細い体に秘められた人外の力を。恐らく先ほど部屋を強引に薙ぎ倒したのも彼女の仕業だ。彼女こそ、百目と同じく八ツ島から遥々、アヴァル王国まで共に派遣されてきた留学生、姫城沙綺だ。
この通り人間ではない。沙綺は八ツ島で人の次に数が多い種族、鬼族だ。それも二種類居る内の角が二本在る双角鬼。鬼族は家の格式は単純な一族の強さで決まるが、姫城家は双角鬼のトップに立つ。つまり、沙綺はお姫様にして鬼族ではほとんど最強と言っても過言ではない。
人間の百目と鬼族の沙綺がどの様な付き合いが在って幼馴染みに成ったのかは、また何れ語るとして。
逃げ出したい。それも切実に。
正直つい今しがたよりもビビッている自信がある。
間違い無くこの幼馴染みはキレている上に、そのとばっちりはこっちに来る。
だが、今現在百目は縛られている為動く事もままならない。
百目は覚悟を決め歯を食いしばり、ぎゅっと目を瞑った。
「・・・・・・探したぞ」
しかし、百目の予想に反してその口(若干牙が見える)から発せられた言葉は冷静で、それと共に魔力の過剰放出も止まり外見にも変化が生じ始めた。
徐々に髪の毛や瞳の色が元の黒色に戻り、角も短くなっていき遂には見えなくなった。
「心配したんだ。本当に。何度も、何度も、もう・・・・・駄目かと・・・思って」
縄を解きながら途切れ途切れ喋っていた沙綺はぽろぽろと子供の様に泣いて、百目の顔を濡らした。
不思議だが先程までの恐怖は無くなり、代わりに罪悪感が百目に圧し掛かった。
昔からこの幼馴染みの涙には弱いのだ。どんな無茶な頼み事でも、百目が断り続けて最後には沙綺が泣いて結局は百目が折れて沙綺の頼み事を聞いてしまう。そんな事を自分たちは一体何回繰り返してきただろうか。
「ごめん、沙綺」
「あやまるな、ばかぁ」
とうとう我慢出来なくなったらしく、沙綺は縄が解けた百目にしがみ付き泣きじゃくった。百目は半分廃墟と化した部屋の中、やっと自由になった手で沙綺の頭を撫でたり、背中をポンポンと叩いたりしてあやす羽目になった。
事の顛末だけ報告しようと思う。
結局あの後、王国軍が駆け付けるまで沙綺をあやしとく羽目になった。
他人に泣いている所を見られた沙綺が逆上して惨劇が繰り広げられたのだが、それは正直忘れたい。何故かって?一番被害を被ったのはそこら辺に転がっていた全裸でも王国軍でもない。他でもない、俺だったのさ・・・・・・。
そして全裸は逮捕の上、連行されたがどうでも良い。本当にどうでも良い。最後の最後まで「愛してる!!」とか「再び見えよう!!」とか聞こえた気がするが、気のせいだ。気のせいだったら気のせいだ!!
俺はと言うとやっと入国手続きを終え、協会入りを果たした。
まだ何もやっていないのに何だか途方も無く疲れた。もう故郷が恋しくなるレベルだ。
自分に宛がわれた部屋のベッドに沈みながら、願わくはこれからの生活は平穏であります様にと祈りながら俺は眠りに落ちた。
しかし、当然の事ながら平穏無事な生活など訪れる訳が無い。
寧ろ彼を中心に更なる混沌と狂乱が巻き起こるのだが、それはまた次のお話。
まずはここまで読んで頂き誠にありがとうございます。
今回は如何だったでしょうか?
作者としては何だかやたらと全裸、全裸と書きまくった気がします(汗)
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