けっかてきに よかった パビャ子とをよこ
くたびれた駅には人が行き交う。
ICカードを改札にタッチしてエスカレーターに乗る。普通の仕草を装う。
夜が明け、一日が始まる。まばらに人が乗っていく。これから通勤時間が始まる。
狭いホームでは吹きさらしで風が吹き抜ける。監視カメラを気にしない素振りを気をつけながらも、非常ボタンの近くを伺う。駅員はいない。
(──これで、いいんだよ。押して何も起きなければ、ただの日常に戻る。そう…)
駅のホームにもう誰もいないのを確認し、乎代子は早足で非常ボタンへ向かう。新品の電車がゆっくりと発車していった。
乎代子は強ばった指で非常ボタンを押そうとした。真横から手が伸びてきて、飛び跳ねそうになった。
「わ!な、なんだ…パビャ子か」
駅員にバレたのかと勘違いした。パビャ子が邪魔をするのを前に、眉をひそめた。
「何を」
「これをして何になるの?私たちに何か得があるの?」
「いや、ないけど…。至愚には借りがあるし…」
「至愚は私たちを苦しめてるだけじゃん。至愚は、乎代子に呪いをかけたんだよ!」
真面目な訴えに困惑する。彼女はどうでもいい、と我関せずな態度をとるはずである。なのに。
「パビャ子は…誰の味方なの?」
「パビャ子に味方とか敵とかないよ。乎代子だけが仲間だよ!」
「は、はあ?!ともかくボタンを押さないとっ」
「イヤ!イヤイヤイヤっ!!」
駄々をこね始めた茶髪オンナに唖然とするも、乎代子はボタンを眺めた。ふとこのボタンを押したら何かが変わってしまうのでは?
…自分には何も無いのに?
何も無い。何も無いから、失うものがないから、今まで無敵だと身軽に過ごしてきた。だが、何も無いなりに積み上げた日々はあった。
無味無臭な毎日を、積み上げてきた。どんなに虚しかろうと苦しかろうが、過ぎ去ったものには変わりない。リセットボタンを押される筋合いはない。
「分かった、私は駅員に異変を知らせるからパビャ子!暴れて!」
「え?暴れる?」
「電車をめちゃくちゃにして!そしたら二人で逃げて、サルスベリ通り下の公園で集合だ」
「分かった。やったーっ!」
そういうな否や羨ましいほどの身軽な動きでパビャ子は電車へ全力疾走していった。線路内立ち入りを堂々とやってのけた彼女は車体を利用して、架線にぶら下がる。
「おりゃああああ!!」
パビャ子があろうことか電線に噛みつき、繊維を噛みちぎる。放電しながらも線はたわみ、だらりと垂れた。
危険な異音を発し、電車が減速する。獣の如し機敏さで車体に乗り込み──パンタグラフを破壊すると、そのまま掴み取り突き刺した。
乎代子は目撃者のふりをして、改札口の駅員に暴れている人がいると嘘をついた。監視カメラを見ていた駅員も慌てふためいており、外の人もザワついていた。
遠巻きにそれを見ていた至愚とパーラムは調子を狂わされた、と唖然としていた。
「はー、全く…何をしている」
「はは!遊んでんじゃない?」
「バカか。とりあえず執行するだけだよ」
気を取り直し、深呼吸をする。印を組むと彼女静かに宣言した。
「パーラム、あんたの力を一時的に解放する。…いけ!」
「さあ!マジカルタイムだっ!」
パーラムがマジシャンのように指を鳴らすと、ふらついていた電車の少し先にたくさんの信号機や標識、また墓標が線路に出現する。
いきなりの障害物がクッションになり、車体が破壊され、乗客がパニックになっている事による緊急停止ボタン、停電より脱線は間逃れた。
「ふん。やっぱりあたしはヒーローだな」
発狂した運転士が電車から転がり出て、のたうち回っている。
「ああ…アイツら叱らないと。…ていうか、お前、運転士に何見せたんだ?」
「これまで駅で死んだ人たち」
「お前な…」
「パビャ子。ありがとう」
乎代子は歩きながら礼を言った。二人はあれから警察に捕まらないか身を隠していたが、あれだけ暴れた割りにパトカーは騒がなかった。
ならばとアパートに戻る事にしたのだ。
それまで少し遠回りして気を落ち着かせたかった。
「えーいいよ。乎代子、見て」
「ん?」
通りかかったコンビニが営業している。この前はテナントへ様変わりしていたのに。
懐かしさと安心感がドッと押し寄せ、皮肉なものだと内心自嘲する。
「何か奢ってよ」
「はは。そればっかり」
いつも通りにだべりながら、飲み食いしていようか。
二人は仲良くすごしました。
バディ




