あらたな かくしがみ
「あーあ、終わっちゃった…」
『イヨ子の幽霊』はそれだけ呟いて、懐かしい町を眺めた。いや、彼女は正確には八重岳 イヨ子ではない。
真の八重岳 イヨ子の存在は無意味名 パビャ子の基礎になっている。
髪を強風になびかせる少女は黒々とした森の輪郭に踏み入れる。人や獣を呼び寄せ、喰らう性悪なこの世の者でない部類。
かの悪しき部類の存在こそは。
隠し神。
「…恨みませんよ。私を新しい存在にしてくれたのはパーラムさんですから」
生まれ落ちるはずの本来の隠し神は──本体は消失したが、囮になり得た残留思念の凝り固まった新たな『隠し神』に重点が傾いた。
「きっと『私』も喜びます」
八重岳 イヨ子は今の自分を目にしたら嫉妬するだろう。実態を持ったパーラムの仇。独り占めしていた悪者。
クスクスと笑うと、パトカーのランプに当てられた。
「君、家出したのかい?」
警察官が降りてきて補導しようと歩み寄ってくる。
「…いいえ」
か弱い娘を装って、首を横に振る。
「塾の帰り道、さっき…こっちで声がしたので。なんだろうなーって」
森の奥を指さし、彼女は心配そうな声音を出した。警官はこの辺りにこのような深い森があったかと訝しがったが、確かめにいかなければならない。
「お嬢ちゃん。ここで待っててね」
「はい」
警察官が暗闇に踏み入れるのを見送り、少女の唇は微かに笑った。
隠し神は消えない。何度消されようとも。
此岸がある限り。




