さりえり さいしゅう きょくめん
サリエリちゃんシリーズ。
「あっ!」
切り裂く痛みと、汗水とは異なる血のぬるみにギョッとし、咄嗟に手を開く。しかし傷も血液もない。ただの無機質な鍵があるだけだ。
「な、なんだよ…焦らして」
「見てください。鍵が」
間蔵の通りに鍵が空へ向いていた。天空は木々の葉に覆われて見えはしないはず。
月明かりも、星すらない。そもそも──
(嫌味ったらしい森だ)
「木を登りましょう。ふふんっ!マクラちゃんは木登りが得意なんですよ〜」
「はあ?木を登るなんて」
「ほら、アレ」
指を指した方向に、不気味な大木があった。葉が逆さまに生えたグネグネとした幹を地面に突き刺し、コブだらけの木の表面が丁度足場になりそうではあった。
「どこまで続いているんだろうか」
「登れば分かりますよ」
「あー、…嫌だな」
「なら契約料をふんだくって終わりにしましょうかあ?」
「わかったわかったっ!」
半ば意地で奇妙な木に登る羽目になり、非力なサリエリは数十分で疲れ果ててしまった。硬い木の皮が皮膚を痛め、白い生地を汚す。背中や額に汗を滲ませ息を整えた。
下を見るなとはよく聞くが、はるか下の地面へダイブしそうで指が汗まみれになる。
「も、もう動けない…少し休まないか?」
尾先ヶ 間蔵は意外そうな顔をする。「もう?もうですか?」
「当たり前だろうっ!僕は力仕事担当じゃないし」
「なら、おぶりましす!」
「は?え?」
強靭な力で背負われ、彼女が突風のように木を駆け上がっていく。
「飛ばしていきますよぉ!しがみついててくださいねえ!」
「う、ううっ!もう少し動きを抑えて!」
「無理ですっ!ヒャッホーい!!」
まるで野猿の如く軽快さに、必死に背広にしがみつき呻いていると、風の音を振り切り宙を舞った。
「わあ──」
あの奇妙な木はくらい森に根を張ってはいなかった。反対の上空に生えていたのだ。あの森は姿を消した。
──二度とたどりつけない。もう。二度と。引き返せない。
(後悔なんてしていない。例え僕が死のうが、自分で選択した道筋なんだから──)
酷使した指先の力がなくなり、下へ、重力に伴い落ちていく。春の夜風に傷つけられながら、
「いたい!ゲホッゲホッ」
砂利に叩きつけられ、サリエリは辺りを見回す。知らない街並みが広がり、知らぬ境内にいるのだと察した。大きな楠が夜空へ幹を伸ばしている。
「尾先ヶ 間蔵?何処にいった??」




