いたい さが シ
サリエリちゃんシリーズです。
飴を手のひらに転がし、未知の感情を噛みしめる。封じられた『扉』の先にあの娘はいるのだろうか。
「さて、ダッチバーンさんのコレクション部屋に向かいましょう」
声を潜め、悪魔が蠱惑的な仕草で秘密とジェスチャーした。
「天のヤツらにも、地のヤツらにも。誰にもバレないように」
変な謳い文句だと受け入れ難くもあるが。どこの誰にもバレられないのなら、これくらい仕事を放棄しても怒られないだろうか。
この前とは異なる針葉樹だらけの暗鬱とした森林地帯。どこにも人の形跡がない。枯れ果てた熊笹やシダの葉がザワザワと風を示す。現実味のない森を歩き、息を吐く。
「貴方、乎代子に言いましたよね?絶望しそうになったらその鍵を握ってくれよ。天使代理人協会は希望を増やしたい。たとえ、願掛けでもあっても!って」
「あ、ああ、まあ」
はるか昔の出来事のように思えた。あれから忙しかったようにも思えた。だが思えただけだ。
あやふやで現実味のない。
「願掛けの鍵を召喚してください」
「は?」眉をひそめ、彼女はやってられないと投げ出そうとした。
「第一、僕は絶望していない。それに」
「マクラちゃんは希望も奇跡も信じていませんよお!絶望も。無駄でーす。全部無駄です。何もかも抱くだけ無駄なんでええす!ですが!貴方の能力を使うにはそれが必要なんですよっ?」
マクラは引き下がらず、店で渡した飴を指さした。
「それを食べれば鍵のイメージが湧くはずです」
「あ、怪しいなぁ…」
「まあまあ。食べて下さい」
包み紙から飴玉を取り出すと、ごく普通の色をした物だった。口に入れるも人でないのだから味がしない。だがクラリと視界が歪んだ。
「何を──毒を盛ったのか?!」
「ギャビーさんを思い出せるでしょ」
そう言われ、グルグル回る視界の中でピカピカと閃光が瞬く。
脳裏に忘れさせられていた記憶が一斉に蘇り、吐き気がした。ギャビー・リッターという娘が初めて組織に来た場面、伝書鳩での二人でのやりとり。嫌いな上司。あの舐め腐った言動を取るジゼルという偽使徒。ギャビーが摘んで来たダチュラの花。
頭痛に呻きながらも、サリエリは長い間黒々とした闇に覆われた森に佇んでいたのを思い知る。
「あの、スパイめ!よくも…!」
「さあ、早く。勘づかれる前にギャビーさんを探しましょ。鍵は用意できましたかあ?」
掌を見やるとロータリータンブラータイプの鍵が出現していた。真新しく胡散臭いが、これがダッチバーンが隠した遺体への近道なのか…。
あてどもなく森の中で、ひたすらに小屋を探す。森は代わり映えがなく視界が見えずらい。足もくたびれ、つま先が凍てつく。この森はどこまで続いているのか。己の森は…。そこまで底なしであったろうか?
何もかも目を逸らしてきた。
それが積もり重なったのが、これなのか?
「ホントにダッチバーンの小屋はあるのか?騙されている気分だよ…」
「鍵を示す方向にいけばいいのです。貴方には邪視の力が多少なりともある。それなら小屋に掛けられた魔法も壊れましょう」
「邪視。確かにある。微々たるものだかね」
「まあ、魔法を見破るくらいならできるでしょうぅ?」
「いちいち挑発的だな。君は」
半信半疑に生ぬるくなった鍵を握りながらも歩いた。「鍵が示す方向とは何だ」愚痴っているといきなり、鍵が手にくい込み傷んだ。




