かつじ の はむし はしぬ
「ラフ?」
最近、日本人離れした外見の、白いスーツの青年が現れない。たまにやって来たかと思えばお菓子やらを渡してそそくさと去っていく。
別にそれでもいいと思うが、焼肉屋に行けないのは少し嫌だった。焼肉は好きだ。
誰だってたまにあるご褒美は好きだろう。自分から焼肉屋へ行こうとは思わないのが、クズだな、と自嘲する。
洞太 乎代子はラファティがアジトにしている雑居ビルへ足を運んだ。天使代理人協会という胡散臭い団体の一員であるから、そこで働いているのだろう。
「やほ!なーにしてんのぉ」
パビャ子が目ざとく背後から声をかけてきて、ゲンナリした。
「ついてきたのかよ」
「暇だし」
「はー…静かにしててよ。警備員にバレたらめんどくさいから」
「えっ!?警備員がいるとでも?!?」
あからさまに驚愕した茶髪オンナに呆れるが、目視する限りガランとしていた。しかも蛍光色が切れかかっており、不気味に点滅している。
「ふ、雰囲気悪いな?」
「悪霊いそうじゃん」
ソロソロと入り口に立つと、事務所のドアが半開きになっていた。気味が悪い。人がお亡くなりになっている、あの奇妙な気配に似ている。
「ヤバくない?死んでたりして」
「黙れ」
年季入りの事務所は変哲もない壁紙、そして業務用デスク。古いパソコン。コピー機。それぐらいしかない。喫煙が公衆で許されていた残り香が染み付いた薄暗い部屋。
だが、書類の束がデスクに置かれ放置されていた。それはスケルトン雑貨だらけの個性的なデスクの上であった。
「…へえ、天使代理人協会って言う割に普通。しかもアナログなんだ」
昭和を封じ込めたような風景に、乎代子も興味を持つ。
「ねー、これ、何て書いてあるの?」
「サリエリ・クリウーチ。伝書鳩の中では『製造番号404番』。スラッジから生まれた純正の『天使』──」
言葉に出して、あの天使…のような化け物だと確信する。サリエリ。独裁者。伝書鳩という組織をめちゃくちゃにした張本人。この情報は誰が書いた?
「すらっじ?なにそれ」
「さあ。サリエリ・クリウーチの生みの親なんじゃね」
「他には何かないのぉ?」
ラファティ・アスケラ。伝書鳩の中では『製造番号523番』。スラッジから洗礼を受けた幼子。本名、出生地は不明。平成2年。コインロッカーにて発見される──
「…な、何だよ。これ」
ミハル・ミザーン。注意すべき。製造番号は解析できず。伝書鳩の特徴であるヤギの瞳孔と黒い目では無い。こちらをスパイだと見抜いている。ただ生前は海外からきた宣教師であると判明している。
ツラツラと偽天使の個人情報が収集されている。
「私、ダッチバーンはスパイ活動を続けるにあたり人間社会に上手く擬態できないと自覚している。今後はトーローテレイン・フープ氏に任せて頂きたい。それに私が亡命しようとしている噂は事実無根です」
「ダッチバーンって誰」
「ああ…多分、あの、小さいブカブカのスーツをきた──」
そう言いかけて、乎代子は条件反射で書類を振り払った。手に『文字』が這い上がってきて、または事務所を羽虫の飛び回る。あれだけ大量の活字が敷き詰められていた書類の束は白紙になり、羽虫たちはあっという間に塵になっていった。
「ラフ!?ラファティ・アスケラ!どこ?」
「え?わ、虫が消えた」
「ラフ!」
事務所から出ると暗鬱としていた入り口はごく普通の夜闇に浸されていた。
「乎代子、大丈夫だよ。ラフは大丈夫。でも他の人はわかんない」
「何で分かるんだよ!?」
「臭う」
スン、とパビャ子は匂いを嗅いで、点滅をやめた蛍光灯を仰いだ。
「誰かが死んだ。終わった」




