にんげんしゃかい もらとりあむ
ジゼルさん 料理もできちゃう。
風変わりな子供が中庭でピクニックをしていた。純白のスーツと透き通ったブロンドヘアー。顔つきは愛嬌があり、日本人ではあるようだ。散りゆく梅を見ながらも、お茶を飲んでいる。
「あ、ミス(Miss)ちゃん。こんばんちわ」
こちらに気づくと手招きをする。
「えっ?どちらさまですか??」
いきなり知らぬ子供に話しかけられ、しかも名前まで把握されている。一抹の不安が滲む。
「ジゼルさんは多多邪の宮、タタさんのお友だちなんだー。えへへ」
「多多邪の宮さんのご友人だったのですね。失礼しました」
「いいの。ささ、お花見しよう」
庭にこんな美麗な曲線と枝を伸ばした樹木はあったろうか?それに昨日は梅なんて咲いていただろうか?なんと見事な…妖しき、美しき梅の花だろう。
ミス(Miss)は原種に近しい薄ピンク色の花弁に見惚れた。
「ジゼルさん、頑張ってね、ちらし寿司作ってみました!ジャーン!」
保冷バッグからガサゴソと何やら取り出す。タッパーを開けると庶民的なちらし寿司が詰められていた。
(ちらし寿司…見かけによらず和風派だなぁ)
「あ、わ、私。人のご飯は食べられなくて」
「大丈夫。そのために食べられるちらし寿司を作ってきたんだー」
くったいのない笑顔でとんでもない言葉を言い放つ。
「ええ?!そんな、できるんですか?!」
それはそれは魅力的な誘惑である。また多彩な味覚を味わえるなんて…。
「ミス(Miss)さん。あの子供に騙されてはいけませんよ」
シャベルを手に、南闇が背後に佇んでいた。
「ちぇっ。遊べると思ったのに」
(遊べる…?!やっぱり変な人だったんだ!)
一際殺気立つ気迫を隠そうとはせず、笑顔で彼は一歩踏み出した。彼が他人のために動くとは珍しいなと思い、双方を眺めるしかなかった。
「…許せないんですよ。貴方みたいに毒を配る輩が。彼女目当てに現れるのをずっと待っていました。僕の見当は外れていなかった」
(私は釣り餌?!)
もしかするとちらし寿司を出すまで見張っていたのではないか?一瞬でも人情味を勘違いした己が恥ずかしい。
「許せない?なんでー?みんなに楽しくて欲しいものを提供してるだけなのに?あっ、そっか。南闇くん、上手い話に乗っちゃって痛い目にあったんだっけ」
明け透けと子供は人の心を踏みにじる。
「上手い話が世の中に溢れると楽しいでしょ!南闇くん、もう一度賭けに出てみようよ」
「我々の上部は腐った輩と友人のようですね」
「ええ?タタさんはね、ジゼルさんより『ワルイ子』だよー」
拗ねてみせる仕草は外見相応の子供である。しかし彼女は化け物なのだ。
いやでもわかる。多多邪の宮と同類の気配がする。
「人たちが上手い話に群がる様を見るの。とっても楽しいんだ。沈没船で投げ出された乗客みたいに、必死に居やしない神さまへ手を伸ばしてる。それこそが人間なんだよ。だからね」
鬼ごっこへ誘う悪ガキの如く、彼女は言う。
「君の幼なじみが蜘蛛の糸へ手を伸ばしてるのを、ジゼルさんたちで見ていたいの」
「…クソ虫が」
「欲しくて楽しいものをチラつかせてあげたの。だからね、多分、南闇くんに会いに来るよ」
梅を仰ぐと、ジゼルは微笑した。あんなに艶やかだった花は血みどろで木々も爛れている。魚が腐った如し生臭さを放つ穢れた妖木。
「なんて綺麗なんだろう」
(狂って…る?分からない…もう、私には狂ってるかも分からない…)
こちら側に迷い込んでから醜美の基準が壊れかけている。ミス(Miss)にはあの梅が自分自身にお似合いだとさえ自虐した。
「二人とも遊び足りないんだ。お利口さんだとモラトリアムでは優良賞でもこっち側だとただのおバカさんなんだよー」
この世の者でない部類とは何なのか。
死も生も何でもないのか。醜美も善悪も、意味をなさない世界の住人なのか。
「卒業式の始まりだ」




