いしをつむ
乎代子は夜になれども未だ漂う春の兆しにどこか気後れしながらも、廃アパートのドアを開けた。
「よう」
赤い川が流れる土手が眼前に広がる。思わず、ドアを閉めようとしたが金縛りにあったように手が動かない。
「石でもつみなよ。アタシが崩してやるから」
パーラム・イターが意地悪い顔で冗談をのたまう。
「な、なん…模様替えしたんですか?」
「まあ、色々あって」
彼岸花の咲き乱れる河川敷は清々しい秋の景色があった。だが、赤い川面はどこかどんよりしている。
「石は丸い方がいい。投げるにも、つむにも適している」
「…石を拾にいく趣味はないですよ」
乎代子はドアから先に歩み出すのを迷うが、あちらは気にしていない。それにしても向こう岸が霞んでいる。あの世だったりするのだろうか。
「ねえねえ、フラれちゃったの…パーラムさん…」
「えっ。フラれた?」
乙女のようにいじけると、芝居がかった泣き真似をする。
「想い人がいたのに、その子さあ。ただ利用するために付き合ってただけなんだよ。笑うだろ。何百年も生きてきて、ウブな女の子みたいな捨てられ方なんてさあ」
「え、え」
皮肉やジョークを交えずにしょんぼりするパーラムを前に、これは素面で傷心中なのだと悟る。
「恋愛感情があるんですね。この世の者でない部類にも」
「あると思う?生殖機能がないのに?」
「だって想い人だって…」
「人間とはちょびっとだけ違う恋愛感情かもね〜。アタシはさ、少し人寄りだからだけどよ。そうだな。アイツらに恋愛感情なんてものは存在してないのかも」
一人合点するや積み上げていた石を崩した。音を立て石ころが河川敷と一体となる。…嫌な光景であった。
死を連想させる。あの世を。
「ねえねえ。あの川の向こう岸に行ってみる?」
「え?」
「あちら側には極楽浄土が待っている。輝かしく清浄とした世界が」
気がつけば世間一般で渡しの舟なる物があった。たまにしん河岸川でのイベントで披露される市の重要な歴史である舟運の早船。それに瓜二つである。
「アタシはパーラム・イター。彼岸までの案内は持ってこいの勤めだ」
「…いきなり何を」
「アンタの家族も待ってる。八重岳 イヨ子の両親が」
「…」
賽の河原の石を手に、彼女は甘い文句で誘惑してくる。あらいたわしや幼子は──泣く泣く石を運ぶなり。石を積み、また崩し、茶髪オンナはこちらの返事を待っている。
「いいや。…私は帰らない。まだやりたい事とか…やり残した事もないけど。それに私の家族はあっちにいない。イヨ子の両親であって自分の肉親はいないんだ。あと…人殺しに極楽なんて似合わない」
「ようく言った」
鋭いフォームで投石され、もろに食らう。痛みに呻きとイラつきがわき、ハッと視界を上げる──そこはアパートの一室であった。
「さすがは私の写し身だ。勇気をもらったよ」
パーラムは腕を組み、畳をハイヒールで踏みつける。
「いってえよ!!血がでてんじゃん!!」
「彼岸が嫌いなお前に頼みがある」
「ああ?!」
「ご褒美に良いもんやるよ!」
また何かを投げられ、反射的に受け取ると。それは綺麗な赤色の宝石にも見える塊だった。
「霊獣の心臓が石化したレア物だ。質屋に出しても魔よけに使ってもいい」
「は、はぁ。ありがとうございます?」
額を滑る熱い血がなくなったのを感じ、この石のせいかと勘ぐりたくもなるがもはやどうでも良くなってきた。
何せこの茶髪オンナの前で不可思議な現象が起きても驚かなくなってきた。
「五時四十四分前、やな瀬川駅の各停池ぶくろ行きがドアを閉めて発車したのを合図に緊急停止ボタンを押せ。後はアタシたちが何とかする」
「…はあ。なるほど?」
「要するに人助け。無意味な世の中で、たまには善行を積んでみたらどうかね?彼岸の渡しの舟、パーラム・イター様のご教示だ」
上から目線の言い草に辟易するが、従うしかないのだろう。
意志をつむ。石をつむ。にかけました。




