ふせぐ
世の中は日々変化する。
私鉄の新たな車両。それは最新式の機能を数多く搭載しているという。
何十年経っても人身事故発生率の多いその私有鉄道ならではの…踏切障害物検知装置でなく、車両搭載人感センサー式のブレーキだ。それでも人身事故はゼロにはならないとは思うが、ある方がまだマシなのではないか。
どんなに便利な機能があろうと、人身事故は防げないでいた。
平成になり、新たにホームドア設置の甲斐もあったのか、ホームでの飛び込みは減少したかもしれぬ。
それ以前のお馴染みのホームや踏切にある緊急停止ボタンや列車防護無線装置…自動列車停止装置などはすでにある。が、当該の人感センサーは賛否両論の機能であった。
至愚は始発とした川ごえ駅の屋根から、それを眺めながらも、鉄橋に人が現れようかと疑問に思う。
人感センサーの機能が仇となり、脱線するのだろうか?──それが過去へ?
「アタシは覚えてる。確かにあの電車だったわ」
「意外と記憶力がいいな」
「変な配色だろ」
表層に現れたパーラムが発車式を見据える。
吉日に合わせたおめでたいムードが漂う。
「死体はまあ、結構あったな。朝だったのなら頷ける。通勤時間より少し早いが出勤する人はいるだろうさ」
(知っているさ。そんなもの)
現代にいる以上、人間の生活サイクルは把握していた。昨日もやな瀬川駅で飛び込みがあり、遅延が発生していたのを目撃している。
あの駅に曰くはない。だがここ数年、飛び込む者が増えてはいる。
気が淀み始めている。
「パーラム。ちゃっかり見に行っていたのか」
「まーね。あんな出来事なかなぁか起きないしさあー」
なんの気なし、と言った言動に腹が立つ。こちらは阿鼻叫喚で死人も出たというのに。
「けど脱線事故を起こした車両が過去に飛ばされたとすりゃ、代わりに何かしらの厄災が現代で起きる。例えば土砂災害、または火山噴火。それから通り魔事件…」
「尾先ヶ 間蔵も酷い輩だ」
「誰それ?」
「それを絶対本人の前で言うなよ。いいね?」
首を傾げるパーラムに、なんと残酷であろうかと──いや、当たり前か、と納得した。ファンとしてあちらだけが盛り上がっているのなら悪質さが増す。
(だか、…イヨ子と違うのは本人がそれを知らない事だ)
「あの配色が終わってる電車を止めりゃあいいんだろ?徒魚。アタシに任せな」
「しょうがない…許可を出そう。こちらも最善を尽くす」
「いや〜〜ん♡合体技じゃん♡」
「やめておくれ。気持ち悪い」
ウゲッ、と顔を背けると茶髪オンナはムウッと拗ねた。「けどさぁ」
「事故がなきゃあ、アタシたち巡り合わなかった事になったりしない?」
「え?あ、まあ、そうなるかもしれない」
パーラム・イターがイタズラを働いていたのは耳にしてはいたが、我が身に降りかからなければお互い接点もなく過ごして終わりだろう。
「嫌だな〜。アタシは徒魚がいる方が良かったわ。多多邪の宮から逃げてるだけになるのは勘弁願いたいね」
「その方が」
──良かったのだろうか?
今…令和となり、至愚となった自分を真っ向から否定はしたくない。非道な手段を選んで積み上げたとして、一からやり直し、消したいほどの生涯ではなかった。
(ラグエルとも、弟子たちともラフも、会わなかった自分は何だろうか。人間として生を終えた私は──…。…。)
想像できない。脳にある全ての記憶を、ツギハギに寄せても最初の名であった人生を往生する信心深い女性は浮かばなかった。
「ならさー、ほんの一欠片だけ落としてやるよ。何がいい?村の人たちが不思議がる魔法をさ」
「…バカバカしい。それにもし脱線事故がなくなって。そうなると、私たちは本流から外れた例外的な存在になるだけだ」
「うふっ♡じゃあ、アタシたち地球でふたりぼっちだね」
擦り寄ってきたパーラムにゾワゾワしていると、彼女がいつものおどけた調子をひそめ静かに言う。
「好きな人と本流から離れられるなんて、多多邪の宮の誘いにのって良かった」
(…あたしはこいつを勘違いさせているのか?けど変わらないな。もう私たちはふたりぼっちだ)
現実の何某の線路とは関係ありません。




