なやみくん なやむ
咋噬 南闇は生粋の骨ジャンキーだが、ここ数週間さらに空腹感に苛まれていた。砂漠に数ヶ月遭難したかのような、強烈な空腹。──人の骨を手に入れるは容易ではない。
まず死体を確保しなければならない。南闇はそこまで猟奇的に、衝動的に食糧を作ったりしてこなかった。
至愚に欲の無いヤツだと貶されたりもした。
しかし現在、並大抵の人骨では満足できないのを自覚しつつあった。空腹とはなんとも苦しいものだ。
ミス(Miss)がいつだか飢えてヘトヘトになっていたのを思い出し、その様子を他人事として捉えていたのだと突きつけられる。
己が化け物だと嫌でも自覚させられる飢餓。
南闇は息を吐いて手を見下ろした。腹が減り、手が震えている。
「…あのう、大丈夫ですか?」
「ああ、ミス(Miss)さん。いつの間に帰って来たんですか」
「え、数分前ですかね?」
たじろぐ彼女に、彼はわずかに不思議がった。
「すごく怖…あ、あえっと、お腹空いたようでしたので」
「燃費が悪くなってしまいまして」
自嘲しつつも眼前にいる気弱そうな女性も一丁前に食人をするのだと不思議な感覚になる。
「それって風邪なんじゃないでしょうか」
「風邪?我々が風邪を?」
「だって本調子じゃなくなるといえば、その、風邪しかないです…か?」
自分自身でも釈然としないらしく、うーむ、と考えこむ。南闇は不死身に近しい体が風邪などひくのかとバカバカしくなった。
「大丈夫ですよ。原因は何となく分かっていますから」
「え!そうですか?!な、なら良いんですが…」
「はい」
あの、不気味な羽根とスパナを有した白いスーツの子供。あの子からもらった人骨を食べてから『禁断症状』が出るようになった。
(薬物でも入れられてたんだろうか。してやられたな)
毒抜きでもする方法を考えなければ。
夜、南闇の様子が気になり──ミス(Miss)は寝返りをうった。
お互いパーソナルスペースは守ろうと、部屋の両隅で『睡眠』を取る事にしている。人でないのだから全くもって睡魔に襲われないし、かといって夜な夜な歩き回り暇つぶしをする気にもなれない。体力も使うため腹が減る。
ミス(Miss)は目を閉じて朝が来るまでジッとしているのが日課だった。
それはあちらもそうらしく、ただぼんやりと寝そべって時間を潰しているみたいだ。
「南闇さん?」
苦しげな呻きが聞こえ、ハッと身を起こした。
「だ、大丈夫ですか?!」
脂汗を流し、彼は苦悩していた。常に笑顔を貼り付け、のらりくらりとしている青年が自らの指を噛みちぎる程の力で何かを分散している。
「だ──」
「ううう!ウガアアア!!」
金色の双眸がギラついて闇に痕を残す。自らの瞳と同じく、笑顔の合間に瞼から覗く黒目は焦げ茶だったはずだ。
脳裏に多多邪の宮の眩い眼光がよみがえり、怖気付いたが──咄嗟に伸びてきた手を掴み、抵抗した。
「南闇さん!どうしたんですか?!」
「アアアア!」
「どうしよう!」
瞳孔の開ききった目に理性はなさそうだ。ミス(Miss)は必死に力を込めながら、何か打つ手がないか探す。
(あっ!そうだ!私の力で…ごめんなさい!)
全身の筋肉を強ばらせ、エネルギーを炎へ変えるイメージをする。静電気がパチパチと音を立てやがて発火した。
「ギャアアア!!!」
全身炎に包まれた青年は悲鳴をあげ、のたうち回った。寮が火事に発展する前に何とかしなければ、とミス(Miss)は何回も南闇の頬を往復ビンタした。
「南闇さん!正気に戻ってください!えい!えい!」
「ぎ、あああ、──いた、いたい、痛いです!ミス(Miss)さん、何がどうなっているんですか」
やっと人の言葉を話し始めた彼に、ホッとして力を抜く。すると不思議と炎も下火になり焦げ臭いだけになった。
「良かった…なんだか、苦しげにしていたので心配したら、いきなり化け物みたいに」
「…な、るほど。ありがとうございます。かなり乾きがとれました」
いつも通りの笑顔に戻り、彼はなぜか安堵しているようである。
「えっ。お礼を言われるような事してませんよ?!」
「こちらは助かりました。無闇に人を食わずに済んだので」
「あ、ああ…」
焦げたのは肌と髪だけでリクルートスーツはビクともしていない。自らの方なんて炎が嘘みたいだ。
(どうなってるんだろう…この服、でも…なんだか)
ゾクリ、と己の開いてはいけない扉が垣間見えて、慌てて頬を叩いた。
「…?ミス(Miss)さん?」
「私のバカバカ!!」
「ミス(Miss)さん?」
南闇くんを主人公枠にするか悩んでいます。
なやみ、だけに…。




