かくしがみ と かんちがい その5
隠し神編の続きになります。
どこからか徒魚の声がして、ハッと自らにしまい込んでいた『忘れ形見』を召喚する。
「うおりゃあ!」
鞘を抜き取り、飛びかかってきた肉塊に強く突き立てた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!」
「ラファティ・アスケラ!あたしの言葉を復唱しろっ!三山神三魂を守り通して、山精参軍狗賓去る!」
至愚の声が立て続けに、割って入ってくる。邪魔くささもあるが今はラファティの助力に頼るしかない。
「うわ、ひイイっ!うるさっ!さ、さ、三山神三魂を守り通して、山精参軍狗賓去るっ」
耳をつんざくような断末魔がして、オオサンショウウオに似た何かは死滅し──融解していった。
「…なんだよ…お前、何なんだよ?!」
答えは相も変わらずなかった。最期までヤツは沈黙を守って終わった。
会話は一方的なまま、関係は潰えた。
(あーあ)
グニャリと神域が歪み、辺りに煙が漂い出す。あの膨大な土地は幻のように失せ、あったのは小さめな和室。それも廃墟の。
(潮時か)
「…久しぶりだな。パーラム」
人面獣が香炉の前で捌きで九字を切る。あれだけ活き活きとしていた小刀がサビ付き、腐食しつくしていた。
立っている力もなく、パーラムはへたりこんだ。
「もういい、もいいいよ。徒魚。お前の望むままにアタシを殺してくれ…」
「え、え?!パーラムさん?!」
もうほとんど異能もアイシュワリヤとしての妖力も使えない。こうして座っているのもやっとである。
「パーラム・イター。この結界の主として、術士として命ずる。お前の本心を言え」
「おめぇ正気かよ?この後に及んで術まみれの場に虫の息の雑魚を放り込む?まー…いいや」
苦し紛れに息を吐き、降参の意を示す。
「パーラム・イター、アタシの自由になりたい、っていう意志なんてまやかしだったみたいだ。本当は、無意識のどこかでさ、逃げたかったんだよ。知らねー国に売られた現状、多多邪の宮の束縛から、そして壁に向かってお喋りしてた事実にもよ」
自由とは何たるか?そんなものを真に知る者はいるだろうか?
自由なんてものは存在するのか?
(アタシは…束縛を受けない、安心な地に逃げたかっただけ)
安息の地は目の前に──いや、今すぐやってくる。
無に還る事だ。徒魚に処され、二度と日の目を見ない。存在が消える。
「安らかに虚無でバケーションしようかな」
「パーラム。また逃げる気かい?」
「…はあ、困るなあ。虫けらにまだ何か言うつもりなの?」
「逃げてばかりだね。あんたは」
死体蹴りされ、苦笑いするがそれもダメになってきた。体が重たくて這い蹲るようにして息をするしかない。
「至愚さん、あれ、やばいんじゃ…」
「徒魚、お前に…アタシの全ての力をやるから早く、一思いに」
「させるか!バァーカ!あたしがどんだけ苦汁をすすったと思ってる?何百年とお前の見たくもない尻を追いかけて、しかもこんなザマだっ!人の姿すらしてねえぞ?!お前の望み通りにめでたしめでたしにするかよ!ドアホがっ!!!」
凄まじい腕力で畳に穴を開けると、獣の図体で近寄り力の限りビンタした。
「お前には途方もない後始末が残ってんだ!パビャ子と乎代子の世話もしやがれ!まあ、悪巧みを働いたらお仕置するがな!」
「あははは!なんだよ、愉快なやつっちゃな!なんつー腐れ縁だ!アヒヒ!ヒャハハハハ!」
「何がおかしい?」
「いいや、何でもなーい」
グッタリとしたパーラムはため息をつき、お縄になる犯人のように腕を差し出した。
「アタシは悪いオンナだ。出頭しまぁす」
「よく分からないが、さっき言ったようにあんたの異能やらは押収する」
「好きなようにしな。好きなように、ね」
徒魚──至愚はヤツの言葉がジットリ湿っているのに気味悪さを覚えたが、そこは気にせず、手錠代わりの呪縛をかけた。
「良いんすか?パーラムさんを、た、退治しなくて」
『豚箱』と称された結界に封じた人面獣を心配そうな顔で偽天使は眺めた。
「あんな雑魚で弱体化したパーラム・イターなんて退治しても恨みが晴れぬよ」
スヤスヤと眠る『宿敵パーラム・イター』を見つめ、彼女は言う。
(弱体化っても、すげー力持ってましたけど?)
「しかしパーラムの生い立ちは初めて聞いた。扶南の生まれとは…誘拐からの人身売買か、戦争孤児か…まあ、生前は恵まれなかったようだねえ」
「そこは同情しますよ。俺も小さい頃にこの世の者でない部類になりましたから」




