かくしがみ と かんちがい その4
隠し神編の続きになります。
(許せない許せない許せない)
ラファティの言葉により、長年の鬱憤が解き放たれたのか?頭の中で怒りやら様々な感情が走馬灯のように流れ、まとまりがなく暴れ回る。その制御できぬ脳内にパーラムをさらに苛立たせた。
別に期待していた訳ではない。
彼女は一度も友好的なアンサーを寄越したりはしていない。
こっちだって非はある。
そもそもこの世の者でない部類に人間関係なぞ適用されない。
──許せない。
(何に対して許せねえんだよ)
己に罵声をあびせ、歯を食いしばった。
(幼稚なのはアタシじゃんか。何が許せないのかよ)
胸が痛い。息が苦しくなりそうだ。これ以上、暴走する感情に任せてはいけない。子供ではないのだから。
──許せない。あの子は、アイツは、こちらをずっと騙していたのか。
子供ではないのだから、と幾度となく自嘲してきた。多多邪の宮の幼さと醜さを前に反面教師にあろうとした。
世間知らずはこちらであったのか。
「パーラムさん…?」
ラファティが呆気に取られた声を出した。
「な、泣かないでください!え、どうしたんですか?!え、えっ」
「うるせえ!泣いてなんかない!」
涙が出てきて、大人気ない返事をしてしまった。恥ずかしいが、もう止められはしなかった。
「何のために…アタシは頑張ってきたんだよ…何のために、数百年、この場を、ちくしょう!ちくしょう!」
自由が欲しくて課された役割を放棄した。
──自由が欲しくて禁忌を冒してまで贄を利用していた。
別に自由が欲しくて動いてはいなかったではないか。
自由になったつもりでいた。
実際は真反対であった。無意識に足枷をされ、玉座に腰かけふんぞり返っていた。
持ち主を失った神域を守るかのように居座り続け、此岸に潜んで持ち主を待つかのように彷徨い続けた。
(がんばる?がんばる、って、)
贄が逃げた時もあった。人外と非日常に魅了されても尚正気を保ち、寸での所であの赤い森へ迷い込んでいった。
ソイツを気に止めはしない。此岸に留まるために次の贄を探すだけだ。頭にはそれしか浮かばなかった。普通の『己』ならいたぶって食べるだろうに。
もしかしたらその人間は本来の持ち主に食われていたのか。
そうか。
利用されていたのか。
パーラム・イターは呆然と贄としていた人間が森の奥へ駆けていくのを見送る。うら若い女性が湧き目もふらず走っていく。そうか──
「パーラムさん…お、落ち着いてっ」
「いやだ、いや、まただまされたんだ!ひとりぼっち、アタシはまた」
我に返ると意味をなさない言葉を吐いて、駄々をこね、ワンワン泣いていた。
「お、おお、俺も生涯ずっと孤独ですよ!生まれた、と思う場所はコインロッカーでしたし!」
「つけ込むなよ、お前もそうやって騙すつもりなんだろ!」
多多邪の宮もそうだ。
こちら側にくれば仲良くなれる、自由になれる──幼い子供にそう誘いの言葉をかけて、引き込んだ。
こっちの水は甘いぞ。
いざ来たら苦いだけの地獄だった。
(落ち着け、落ち着けよ)
今度は頭が冷静になり始めていた。チグハグな状態に陥っているとしたら、人として擬態しているのに限界が来ている。このままでは理性的な振る舞いよりこの世の者でない部類の本性が露呈しかねない。
「えー、あー、別に付け入る理由がないんすケド…そもそも俺、友人とかいねーし、あはは…まー、パビャ子と乎代子は友人っぽく接してくれるんでありがたいんスよねー、でも、世話係だk」
「ハァハァ、う、オヴェえええええ」
グルグルと回る視界の中で自分が吐瀉したのが分かった。
「ぎゃあああああああああ!?なんスかそれ?!?キモ…あ!何でもないっスよお!」
うるさい悲鳴にやっと思考がマシになってくる。唾を吐きながら草薮にわだかまる何かに目を凝らした。霞んだ視界がジワジワと鮮明になっていき──
「ゔっ」
口を抑えた。
オオサンショウウオに酷似した巨大な塊──パーラムが慕って、勝手に『友人』としたそのものが眼前に落ちていた。
「ギィィイイい!!!」
塊が吠えて、飛びかかってくる。
「──パーラム、小刀で刺せ!」
意図せずオオサンショウウオになっていたのに気が付きました。
夜札星編と関連性を見いだせたら良いな、と思っています。




