かくされたかみ
「いよこ へ」の続きになります。
のびるくんはいいキャラ?してますよ。
「のびる!覃(のびる、ひととなる)、いるかい?」
集合的無意識──死の海でのびるは呑気に脚を毛ずくろいしている。ユキヒョウに似たフカフカの前脚から顔を離すと、こちらをめんどくさそうに見やった。
「お前、暇なの?プライベート、邪魔される、のびる、嫌い」
「暇じゃない。化け物に物知りなあんたに聞きたい事があってね」
「物知り?のびるが?」
「そうさ。スペシャリストだったろう?」
「のびるが?知らないね。化け物、興味無い」
壊れた首振り人形の如く首をかしげ、彼は気怠げに吐き捨てた。
「おや。今日はご機嫌斜めかい?じゃあ、あんたが好きなものをやろう」
至愚は取引としてネズミの死骸を置いた。大きな声太ったドブネズミ。絡まった尾のネズミを食いつくした魔物。
「む。なぜそこまでする?脅迫?」
「緊急だからさ」
「フン。何の化け物、知りたい?」
覃(のびる、ひととなる)の生前──ラグエルの座に身を置いていた男はこの世の者でない部類に博識だった。それに知識欲もあり学術雑誌やらも好んでいた。
そうして人間の頃、同業者よろしく対処法も存じていたのだ。
(お前は優れた術士だった。本当に)
「その前に一つ。的外れな事を聞く」
「ン?ンン?」
「巡り巡って魂は復讐を果たすと思うかい?のびる」
そんな問いに、彼は吹き出した。ヒーヒーと笑うとさらに骨が折れてしまうくらいに首をかしげる。
「お前、輪廻、彼岸の有様を信じているのか?」
「半信半疑だ」
「アッチにはなーんにもない。何も。輪廻があるとしたら、この世の者でない部類、の、イタズラ。ひどい、イタズラ、まやかし、人間の、踊り食い!」
ニヤニヤと笑い、こちらを小馬鹿にする。
「魂は魂。変わらない。リサイクルされたとしても、何も残らない。そうだろォ」
「すまない…あたしは彼岸を見た事ないんだ」
死の淵に住む化け物と此岸をうろつく化け物では道理が異なる。彼は正気なら怒るだろう。自らの待遇と愚問に。
「話を戻すよ」
「そーか。そうだった」
「…掴みどころのない、強力な化け物だ。そうして他人の心を揺さぶるのに優れている」
「それだけじゃ、バカなのびるは分からない、なぁ?」
「あたしにも知らない化け物だという事なら分かるか?」
フワフワの人面獣は足をたたみ座ると、目を細める。
「もうちょっと話せ」
──隠し神。
名だけは存じていた。肝をとり、血を取り、または子供をさらう。
それしか情報のないこの世の者でない部類。
身を隠すのが上手い化け物は知能犯の場合が多い。その犯人がこちらにわざわざ現れるのはもう確信に差し掛かっているからだろう。
容物を品定めしている。次に潜伏する先を。
獲物を喰えるのを。
これまで力で殴って敵を倒してきた──頭の良くない至愚でさえ、これから事態が急変するのを察知した。
「えへへ、──至愚さん。忘れちゃったんですか?私です。八重岳…だった者です」
パビャ子の外見をさたままの『何か』は口調を変えた。カモシカから血に似た体液が滴り、地面を汚す。
「あだぃお…なぁ、ぜ…ェ」
──一言主が息も絶え絶えに呪詛を吐く。
「悪事も一言、善事も一言…でしたっけ?一言主さま、タブーを冒した悪いヤツにお仕置をお願いしまぁす」
「やめろっ!」
次の容物を探し彷徨い、こちらにもコンタクトをとってきたのだ。ならば上等だ。
きっちり戦ってやろうじゃないか。
和室に戻ると誰かが踏み入った痕跡がある。入り口にコンビニのビニール袋が落ちていた。
「ラフ…」
ラファティの気配はどこにも感じられない。嫌な予感に舌打ちする。
彼を容物にする気か?
(あたしの落ち度だ)
印を組むと、魂呼ばいの呪法を唱える。ラファティならまだ手繰り寄せる事ができるはずだ。
(見えろ!神域を写せ…!)




