のびるくん と ふすちゃん
望日。月の下。二匹の獣が疾風の如く走る。
リャマは楽しげに蹄を鳴らし、アスファルトを蹴った。
「ああ、なんと楽しいのかしら!」
──たのしい?
フスは未知の言葉に疑問を持つ。たのしいという響きはどんな意味を有していたのか。
この走り続ける、狩りに似た速度をどのような気持ちで──
形容しがたい心理が蓋を開ける。
駆けているのは獲物を追うか、捕食者から逃げるか…それしかないはずで。しかし彼女には四つん這いで疾駆するのは逃避を含んでいた。
にげなきゃ。
「逃げなきゃ」
「逃げなきゃ、はやく、そうしないと」
──早く、足がもつれて、ああ、死んでしまうわ。
死ぬ。
死──
フスは人であった頃、飢饉の際に現れた天使なる人物に水をもらった。飢えていた自身は水を飲み干し、お礼を言い、水のありかを乞うた。
しかし天使はこれは人の力では生み出せない水だと言い、これから更に酷い厄災が来ると告げた。だから協力して欲しい──
頷き、了承しなければ良かっただろうか?
そうして村の人々に厄災が来る日を伝えようとしたが──一人の村娘に情を抱いた天使に唆され、逃げた。
逃げて、走り、やがてたくさんの人が天災により死んでいくのを見た。
天罰なのか。
フスは矢のごとく走りながら吠える。さながら黒と茶のやせ細った野生動物が駆けているかのようだった。
「ねえ、なに、騒いでんのぉ?不快なんだけど」
廃道の先──荒れ果てたトンネルの入口に、ユキヒョウに酷似した大型の化け物が佇んでいた。尾のないソイツは不機嫌そうに首を傾げる。
「お前、パチモン悪魔。不快。不快不快不快、超不快」
「あら、貴方は誰?」
「ガアッ」
人面獣を前にしたフスは牙を剥き、飛びかかった。が、ペシリと前脚で弾かれアスファルトへ叩きのめされる。
「馬鹿。お前、馬鹿」
「ぐううう」
踏みつけられたまま、フスはジタバタしたが抵抗を止めて──覃を不思議そうに眺める。
「貴方たちはお知り合いなの?」
リャマは少し頭を下げると口をモニュモニュと動かした。
「…知り合い?のびるにそんなモノはない」
「すいません。貴方の大切な友だちを奪おぅとしてしまいましたね」
「お前、不快。野良悪魔、名を名乗れ。次、会ったら喰う」
野良悪魔と呼ばれた彼女は不気味な瞳を陰らせた。
「わたしは…名なんて大層なモノなんてない。ただ見ているだけのゴミに名前をつけたら、それこそ」
──魂が宿ってしまうわよ。
リャマの不気味な双眸が僅かに光り、立ち込めだした濃霧へ肢体が溶けいった。
「お前、なぜのびると会えた」
ユキヒョウに似た手を凝視していた彼女は不思議と思考が凪いでいた。
「死にたいと、思ったのか。愚か。お前、のびるに会わないと約束した。愚か、愚鈍。死にたいと思ったのか、そんな体たらくで、死を望んだのか」
「ガア」
「噛むな。まさか、甘えてるのか」
「あぁう。まう」
「邪魔。のびる、帰る。ついてくるなよ」
トンネルへ歩き出した人面獣をフスはひょこっとついてくる。それを見た覃(のびる、ひととなる)は渋々黙り込んだ。
リャマのあだ名?は黄槍 グレッグ・ナシ美さんです。




