いよこ へ
「きっても きってもきってもきっても きれない」の続きになります。
イヨ子ちゃんがラスボス感インフレしていたので、調整しました。
(あの大戸或女神がお前を恨んで刺したとして、その時お前は想いをきちんと精算できるのか?そこまでの器を持ちえていないだろ?)
「さあ!対話の時代だ!乎代子!パビャ子!お前らから大戸或女神を抉りだそう!」
(ヤバいのではないか?イヨ子の魂が大戸或女神と分かるまで分解されれば…)
他人の不幸は蜜の味。
隣の不幸は鴨の味。
楽禍幸災。
──言うなればシャーデンフロイデ。
至愚の内側でパーラムへの嘲笑が渦巻く。想い人へ恨まれて刺されていたら、彼女はどこまで正気を保っていられるか?
悦楽。眺めていたいものだ。
──しかしそれには『年月が経ちすぎた』。
あの二人はひたむきに生きてきたつもりだ。自らが手がけた呪具であるからかもしれぬ。
ラファティの幼気な世話も無下にするには極悪非道な気もした。
(あたしはどこまでも甘い。だから人でなくなるんだ)
どこまでも化け物になれない己に苛立つ。人間の心理を失い、嗤える程に壊れてしまえたら良かったのに。
「えっ、私の髪の毛ぇ〜?いいよ!」
ミミズを踊り食いしていたパビャ子は至愚に頼まれ、快く数歩の抜け毛をくれた。
「何に使うの??バレンタイン?」
「バカか。そんな事したら不衛生だろう?」
古いような俗臭い知識に人面獣は苦笑する。
「別に私は食べられるからいいもーん」
(コイツ、あたしがチョコを渡してくるとでも勘違いしてるのか)
「じゃあお礼にこの前に見つけたでかい松ぼっくりをやろう」
「やったあ!」
公園に落ちていたどでか松ぼっくりを渡すと、彼女はバリバリと食べながらどこかへ行ってしまった。
「チョコなんて買える訳ないだろうに」
こんな姿で店などうろつけまい。それをパビャ子は理解できないのだ。哀れか、幸せか。
(イヨ子に聞きたい事がある。パーラムが暴れる前に確認しなければ…)
色素の薄い髪の毛を器用にジッ〇ロックへ入れると、四次元ポ〇ットならぬ四次元毛皮に滑り込ませた。
至愚は奇跡的に因縁の茶髪オンナの縄張りへ辿り着いた方法で、不可思議な業を持つ少女『八重岳 イヨ子』へ接触したいと試みていた。
無意味名 パビャ子を支配し憎悪だけの感情的な状態ではなく、まだ人らしさを有した──半覚醒なら少なからず対話はできるだろう。
崩れそうな廃屋に向かい、高値で買った安悉香…安息香を香炉へ入れる。そうして呪符も兼ねた和紙へ髪を起き、爪で呪文を書いた。
(イヨ子、頼む。応えてくれ)
燻された和室の中、視界が変わっていく。鼻についたのはお香の匂いではなく──血の腥さであった。
「…誰?」
しっちゃかめっちゃかになったリビングに、イヨ子がうずくまっていた。周りには家族の死体が散乱している。
「市営墓地で会ったろう?至愚だ。覚えてるかい」
「ああ…あの時の」
記憶は市営墓地からいつまであるのだろう。絶望やらを閉じ込めた瞳が髪の隙間から覗く。
「私に、外で会った事あるかい?神を抱えて…」
踏切で出会い、一言主を抱えた亡霊が脳裏に浮かぶ。あれが眼前にいる者と同一人物ならば…
「…ううん。知っているでしょ。私はずっとここにいるの。動かなくなった家族と暮らしてる」
(じゃあ、アレは何だ?)
ずっと見ていると言っていた化け物は。
「私の真似をしている誰かがいるの?…そっか」
「嫌じゃないの?」
「別に。知っているでしょ。私とパビャ子さんに運命も因果なんてないのを。ただの人間だったの、ただの」
ゾワリ、と血みどろのリビングがうねり、人面獣は固唾を飲む。神経を高ぶらせてはならない。
「イヨ子ちゃん。あんたは大戸或女神じゃないんだね?」
「…うん。至愚さん、あの世界にはね…もうイヨ子も、大戸或女神なんていないんだよ」
「…どういう?」
「大丈夫。見捨てられるのは慣れているから…家族と居させて…パビャ子さん…パビャ子さん…」
肉片だらけの薄暗いリビングが遠ざかっていき、和室へ戻ってきていた。
「…後味悪いな…」
彼女はまだ自責の念、死した家族に囲まれて過ごしているのだ。この世の者でない部類になるのも時間の問題かもしれぬ。
だが、それを遠ざけているのもまた彼女なのだ。
(…のびる、アイツなら何か知っているだろうか…)




