きぼうにみちあふれよ
サリエリ・クリウーチ。伝書鳩の中では『製造番号404番』。スラッジから生まれた純正の『天使』。
階級は上。
クーデターを起こした孤独な独裁者。死の天使の名を名乗り、世の中を管理しようとしている。
仕事は此岸から奇跡を無くす事。神なる者どもからの奇跡を無くし、自らの希望を実行している。危険度はない。
戦地へ、平和な午後へ。あるいは脅かされ苦しんだ者の所へ。幸せの絶頂にある世界へ。
有り得たかもしれない未来を潰す者たちに、存在を、命──あらゆる可能性を削除依頼する。
神が授ける奇跡など信じない、希望と言う違ったモノを押し付ける独裁者。独善者。
「そう、僕は独裁者」
サリエリは炭酸水を飲むと、自らの書類を眺める。ギャビー・リッターのデスクの抽斗にしまわれていた書類の束。
その内の一枚に、自らの観察記録が記されていた。
「独裁者の前身を知っているか、ギャビー・リッター。改革者だ。腐った世の中を直す希望に満ち溢れたリーダーだ。ヒーローさ」
『希望と盲信』の偽使徒。
「僕は自分を独裁者なんぞ思っていない。救世主なんだよ」
希望を、神などに頼らず──輝く未来を人間に授けるために立ち上がった。それに賛同した者たちと共に、伝書鳩のリーダーだった人物を追放した。
「ギャビー。君はその行為を賛同していたはずじゃないか」
「典型的な独裁者の思考回路をしてますねぇえ」
尾先ヶ 間蔵のクスクスと笑う声がして、イラついた。炭酸水でサッパリしたはずの胃が焼ける。
「ギャビーさんは貴方に何と言いましたか〜?素晴らしい!我がヒーロー!従います!マイロード!」
「…思い出せない」
記憶がすっぽりと抜けている。たくさんの同胞を堕天させた。その際の怒号や泣き顔はこびり付いているのに。
ギャビーの言動だけが、存在しない。
「貴方にとッてえ。ギャビー・リッターさんはその程度の人材だった、という事かもしれないですねー?」
「それは、そんなことは」
自分は彼女を特別視していた──のだ。だから隣に席を設け、共に明るい未来を目指そうと誓い合った。
「ところでサリエリちゃま。神ちゃまのない明るい未来と希望に満ち溢れた世界になりましたか?」
「なっているはずだ!人間たちは能動的に人間の力で人口を増やした!技術的にも進歩した!宇宙へも進出している。または地球への配慮を──」
(…。…令和の世は今、明るいとは言えるか…?それは。元は人類は天使に管理されるべきで、人類はこの世の者でない部類に科学的に打ち勝って…。…希望、)
「では神なき戦争は?人間同士の差別意識は?貧富の差は?だいたい明るい未来って何ですかぁ?希望って、何ですか?神にすがるのも希望ではないんですかあ?貴方はそれを学んだ上で人類全体へ接してきたんですか?」
「黙れ!」
間蔵を拳で殴って、サリエリは睨みつけた。
「アハハ!それこそ人間の本質!貴方って実に人間クサインですよ〜。そういうの嫌いじゃないですよお」
「話にならない。悪魔の癖に、希望とかそんな話するなよ…」
ギャビーのデスクにあるスケルトンの文具を前に弱々しく呟いた。
「マクラちゃんは希望を他人に貸してあげるお仕事をしています。うふふ。希望とかいう不定形な、曖昧な餌を与えてあげるんですう」
悪魔は暗闇の中で目をギラギラと光らせている。金色の双眸。悪魔の目。
「貴方はもう少し、世の中を知った方がいいですよ。まあ、いじくられた脳みそではそれも無理でしょうけどねっ」
「どういう」
「偽のギャビー・リッターに貴方はねじ曲げられたんですよォ。自分が怪しまれないように、ね」
「…」
夜闇に包まれ、寒々しい空気の中サリエリは歯を食いしばった。
「で、お返事は?」
「…契約しよう。今のギャビー・リッターに一発かましてやりたい」
うーーーん。自分は好かない題材ですが、サリエリちゃんには必要な会話なのでがんばりました。
ああいう会話って水掛け論であまり好かないんですよ。
最初から解釈違いで、後書きで戸惑っていたのを見返して笑いました。




