おしょくじ あいせき
咋噬 南闇は夜中の三時、食事をとるためのルーティンをこなし、洗骨してから念入りに布巾で表面を磨いていた。いかなる付着物さえ許さない彼は潔癖症と言えるほどに、その時間についやす。
人も近寄り難い、手入れが行き届いていない山奥で、埋めていた数人の遺体を掘り起こし、骨だけを取り出していた。後はまた土を被せれば自然の掃除屋たちの働きにより肥沃な土地になる。
草薮から物音がすると、ホンドギツネとは少々異なる狐がジィッとこちらを見つめていた。大きさからしてキタキツネだろうか?いや、それよりも大きい。
匂いに釣られてやってきたのだろう。
「驚きましたぁ。骨を食べるお人も居るんですねええ〜」
狐は裂けた口を開くや否や声変わり期の、あの声色で語りかけてくる。
「何だ…この世の者でない部類ですか」
「ええ。キツネツキと申しますう。よろしくお願いします」
ガササッと草薮から体が出てくると、身体の部分は人間であった。それは予想外だと南闇は感心する。
「腐肉の匂いがしましたのでぇ…少し頂こうかと…」
狐の大きな口から舌をベロリと出し、いわゆる舌なめずりをする。
「どうぞ。お好きなように」
腐乱死体を咀嚼している音をBGMに、彼は仕上げにかかっていた。
「南闇さん。こんなコトをしていると、ネツキのょうになってしまいますよぉ」
「貴方のようにですか?」
美味そうな骨だけを並べて、南闇は振り返らずに問う。
「はい。キツネたちは昔、人でありながら人を食べて居たのです──」
とても昔、地球に人類が誕生し、その発生源の近くに同族を喰らう者たちがいた。当時はさして人間を食べる行為は珍しくは無い。だが他に食べ物はあったが、その集団は人を狙っては食料にするのを生業にし始めた。
人類を作った神は怒る。なぜ、他に食物となる生物がいるに関わらず同族ばかり狙うのかと。
すると彼らは神に敬いながらも答える。我々は食物連鎖の頂点であり、罪深い人間を食べる善なる生き物なのだと──
神の怒りは収まらず、彼らの頭を動物に変えてしまった。人間でなくなった彼らは世界から疎まれ、惨めに暮らしてはいけなくなったのだった。
「キツネはねえ、別に賛同していた訳じゃぁないんだけどォ…巻き添えってヤツだね〜」
「まるでその時に貴方も居たような口ぶりですね」
「…フフ。どうだろうねえ?」
上品に、口をなめとる獣頭は隣に座ってきた。この顔は狐ではなく、狼にも似ているな、と南闇は気づく。
「君たちもいづれ、もっと陥れラれちゃうよ。だから気をつけて。傲慢は罪なの」
「はい」
意図は読めないが頷いて人骨を手に取る。最近飽食気味であったかもしれない。
「じゃ、お礼にコレ〜」
キラリと摩訶不思議な光を宿した石を渡された。ご生憎、石に興味はない。しかしお礼の品なのだから受け取っておくべきだろう。
「Happyを運んでくれるょ♪では、さよなら」
別れの挨拶を交わしまた骨を選別する。石は財布の中にしまっておく事にした。
傲慢とはまた、哲学的で宗教的な戒めだ。青年は哲学は苦手だったな、と頭の隅で思い出し、あながち自身の思想信条と合致しているかもな…とも考えに浸った。
吉津 子築さんのお顔、モデルにした動物が厳密にはキツネではなかった…。




