あめのよのらいきゃく
ある日。関東地方で久方ぶりの大雨が降った。
ザアザアとうるさいほどに降りしきる寒い冬の夜。乎代子は廃墟化したアパートの一室で凍えていた。
「チッ。暖房さえあれば…」
コンコンコン、と雨音の中でノック音がした。嫌な予感がして構える。
「乎代子さん、居る?あーっとギャビー・リッターだけど」
一度会話したあの、天使代理人協会の一人だった。
「えっ、何の用?」
「いや、話したい事があって…」
玄関ドア越しに話す。あちらは傘をバラバラと水滴を払っている。
「あんたに近々、ヤバいヤツが来る。それを伝えに来たんだ。まあ、内容はそれだけなんだけど…」
「はあ…ヤバいヤツ?この前の、サクメイ?とかいうヤツみたいな?」
「うーん。いや、ちょっと違うな」
彼女の自宅がどこだか知らぬが、若い女性であるのは変わりない。治安の悪さもある。
仕方なく部屋にあげた。
「差し入れ」
手には有名チェーン店のコーヒーが入ったビニール袋が下げられていた。
(夜中にコーヒー…)
「ありがとうございます…」
「人間ってカフェイン弱いんだっけ。だったらごめん」
「あー。いいや、せっかく高い値段のコーヒーだし…」
「そうなんだ。だからみんな寄ってたかって買ってんだ。ブランド志向ってヤツ?」
興味深そうに、彼女はコーヒー店のロゴを眺めた。
人間界の文化に関心がないのだろう。
「仕事とか、大変なんじゃないすか?いいんすか。私の部屋まできてくださって」
「たまーに今の環境?芝居?に疲れて逃げたくなるんだよ。だから来たの」
靴を脱ぎ、畳に座り込むとハアと息を吐いた。相当疲れているのか、クマがすごい。
「あんたもさぁ。気をつけなよ。環境整備、いざ生活したら最低だったとか、ホント…」
「ギャビー?さんは天使やなんですか?」
「まー、一番違和感なく紛れ込める場所だと思ってたんだけど。やっぱ無理だね。俺、全体的に生きるの向いてねーんだよなー」
自虐的な笑みを浮かべると、自分に買ったコーヒーを飲んだ。
「かといって、あの狂った世界に帰りたくねえし」
「はあ」
「アンタのそういう所、良いよ。深入りしたくないって態度」
(褒められてるんかな、それ)
乎代子も差し入れされたコーヒーを一口、口に含んだ。生ぬるいしブラックだった。
「アンタさ。変なヤツらに絡まれやすいから、ほとほと嫌になっちゃって、消えたくなったらいつでも言ってくれよ。俺は人間でも何でもこの世から消すのが得意なんだ」
「優しい?ですね?」
「アハハ、優しいとか…マジ?」
ギャビーは覚めたコーヒーを飲み干すと、じゃあ、と帰っていった。
土砂降りの中、防犯灯が雨を写しては沈ませていく。スコールを思わせる終わりのない雨粒は春先のようだと、乎代子は不思議な感覚になる。…どうせ明日にはまた乾燥して、雲一つない空が広がるのだろう。
(寝れないなあ…どうすっかな)
寒さと冴えた目に、どうするか悩む。スマホで暇つぶしでもするか?
(オカルト系解説動画とか見っかな〜)
ギャビーさん、カフェイン中毒だと思うんでコーヒーじゃ物足りなそう。
たまにセリフを思いつき、自分で何を偉そうに…と冷や汗をかきながら書いてます。




