きづかないふり
無意味名 パビャ子は空洞から乎代子を掴んだはずだった。しかし金色の優しい世界は豹変し、気がつけば蛾まみれの意味不明な景色になっていた。
「やあ、アタシの真似っ子」
「私?!」
あるのは乎代子の腕ではなく、自分自身にそっくりな茶髪オンナである。
「バカバカしい。まーいいよ。イヨ子、アンタは凝り性がないね」
「イヨ子?私はパビャ子だよっ!」
「アタシがある意味ホントーのパビャ子だ」
断言されて、首を傾げる。まやかしに惑わされている暇はない。
「ねー。早く現実に返してくれない?」
「それは──こっちのセリフ、さ!」
右手首を捕まれ、変な方向に拗られる。あまりにも自然な動作で気がつくには痛みが必要だった。
「え──」
破壊された激痛。パビャ子には無縁のものが襲いかかる。
「イヨ子。気を惹きたいならもう少し大人になれよ。いちいちめんどくせぇんだよ」
腕から手がちぎられて、血が…出ていない。まるで作り物みたいな?
「気づきなって、アタシを演じても何も楽しくないって」
「い、いや、待ってよ」
「ああ、残りカスには分からないか〜。至愚のヤツ、変なところで抜けてるよなァ」
ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべるそっくりさんは蛾に食べ尽くされる。
「アタシを助けたいなら、乎代子を破壊してみろよ。演劇してたイヨ子ちゃんも言ってたろ?」
「パビャ子はパビャ子だもん!知らない!知らない知らない!」
どんなに叫んでも返答はなかった。虫の羽ばたく音だけが支配している。
奇妙な目玉模様を持つ蛾が一羽もいなくなる。また無の世界に取り残されて、パビャ子は取れてしまった右手を拾った。
「手、取れちゃった…」
はめてみようにもくっつく訳がない。ションボリとしていると、視界の隅に誰かが立っているのに気づいた。やっと見慣れた人物に自然と気が緩む。
「至愚!さっきから変なの絡まれてるんだよ!どうにかして!」
人面獣の至愚であった。彼女はこちらを一瞥すると、ほとほと呆れていた。
「出口ならあっちにあるだろう?パビャ子、あんたは分かってやってるんじゃないか?」
アゴをしゃくられ、その通り簡素な出口があるのに気がついた。
「自傷行為は癖になるからやめるんだね」
「え?なにそれ?」
「またまた、ほら、外に出るよ。その手、直してあげるから」
「ありがとう!!!!!!」
のそのそと歩き出した大型獣に必死についていく。──虚無からの脱出は簡単である。けれどもすぐ虚無はやってくる。
至愚は、パーラム・イターもスキモノだと内心嘲笑う。
ああやって痛めつけてはイヨ子を相手しているのだから。




