ゆううつ な りったー
ギャビー・リッターは都内の遊園地にある、メリーゴーランドを眺めていた。
あの忌々しい機械を下界で見るのは現実を突きつけられたみたいで息苦しくなる。
「ついてねーな」
キャンディを噛み砕きながら、ビルの窓辺から離れた。
「えっとぉ…ギャビー・リッターさん。あなた、ですょね?腐れ悪魔から薬物を買ったのはァ」
声をかけられしょうがないと、向き直る。人の皮を被ったこの世の者でない部類が嘘くさい笑みで佇んでいた。
完璧なスマイル。完璧な顔立ち。
作り物だと一目で分かる。
「はい。買いましたケド」
「あのー。貴方が購入した薬物が、人の手に渡りました。どぉします?」
どぉします?
「責任重大ですね」
「あー、驚かないんですか」
「まあ…ヒューマンエラーはいつの世にもありますから。すいませんでした。デスクに忘れちゃったみたいで」
ヒューマンエラー。我々はヒューマンではないが、ミスをするのは自我がある者の特権だ。
人間の動作を真似するのも限界がある。
「さ、殺しちゃってください。始末しにきたンでしょ」
ギャビー・リッターであるはずの者は淡々と両手をあげた。
「…ぅぅん。ふつーなら始末しよーかな、て思ってましたが。貴方の態度を見たらやる気を失いました…しょんぼりぃ…」
「えーなんなんだ…」
「代わりに洞太 乎代子という人物の所在を教えてくださいませんか。キョーミあるんです」
(ええっ…スキモノだなぁ…この人)
「良いですよ。でも派手な事件起こさないでくださいね。俺も、アイツに叱られるんで」
ハイテンションな同僚にゲンコツやらをされるのは勘弁であった。遊び半分の無邪気なガキのイタズラを受けているみたいな、屈辱感があるのだ。
「貴方は洞太 乎代子とお会いしたコトがおありなんですかぁ?」
「まあ…多少なりとも。普通のか弱い人間ですよ」
「へー、俄然興味が湧きました!!」
目をギラつかせた怪しい者は詰め寄ってきた。その勢いに困惑する。
あの薬物の実験台にする気なのだろうか?
「普通の人間とお付き合いしてみたいんです!」
「は、ハア…?」
「人間ってえ、すぐに消えちゃうでしょ!彼女なら一緒にお話できる気がしますねぇー!」
ギャビーはハテナのまま、そうですかとだけ返事をした。
人間へ歩み寄ろうとするこの世の者でない部類が一番危険なのではないか。捕食対象としての生命でなく、逸れた意識を向ける。それが好意か、偽善か、物欲か──人間をそばに置きたがる輩は。
(まあ、あれの事だし大丈夫か)
洞太 乎代子の外見と住所を教えて、取引として今回は見逃してもらった。彼は──吉津 子築というこの世の者でない部類は常日頃、人の姿に化けてはいるが…希少な。『獣面人』という種族らしい。仲間たちはこの世の者でない部類らに保護されて飼育されているのだとか。
良かったら里に来てくださいね、と名刺を渡しつつジョークを言って去っていった。
(バケモンも飼育されるなんて世も末だわ)
感心しながらメリーゴーランドを見下す。末法の世を怠惰に過ごす同僚が少し羨ましく思えた。
少しだけ。
口調の安定しない二人…。
オオン




