ごーらんど
ギャビー・リッターは都内の遊園地にある、年季の入ったメリーゴーランドを眺めていた。休日とあってか子供たちが楽しそうに回転馬に乗り、親に手を振っている。
あの忌々しい機械を下界で見るのは現実を突きつけられたみたいで息苦しくなる。
「ついてねーな」
キャンディを噛み砕きながら、ビルの窓辺から離れた。
──メリーゴーランド、またはカルーセルはワルツを流しながら回る。
回る度に撹拌される水と煌めくカルーセルの装飾された灯りが反射する。たくさんの水死体が流れに従うように回る。ずっと、止まる事のない、夢を演出する優雅でおどけた調子のワルツとパステルカラーの回転馬たちのために。
その中で、目を開けたまま流れる女性がいた。
──サリエリちゃん。わたし、居なくなってもサリエリちゃんを想ってるよ。
彼女は死してしまった。森の中を逃げ惑い、追い詰められ、ツルハシで殴られ──この『無明のカルーセル』へ投げ入れられた。
たくさんの行方不明者たちの群れが死にながらも揺蕩う。腐敗する事も無い。崩れる事も無い。
永遠に苦しみ、延々と回る。
狂った遊園地には誰もいない。やけに楽しげな音楽やチカチカと明滅するランプがあれど、それに浸る入場者がいないのだ。
──サリエリちゃん。騙されないで。あの人はわたしに成り代わっているだけの。
月光も届かぬ森をさまよう。何度も転けて、膝に痛みを感じた。
夜の冷たい空気の中、彼女は追いかけてくる人影がないか何度も振り返る。ブロンドヘアーは何度か負傷したために地に染まっていた。
「SOS。SOS。こちら、ギャビー・リッター。遭遇した事のない部類に追いかけられているの。誰か、応答して」
通信機に向かい、一向に繋がらない本部へ救難信号を送る。
「誰か…」
いきなり頭を鋭い物で殴られた気がした。鈍い痛みと熱さで己の死を悟る。
パーカーを被った低身長の殺人鬼は手馴れた、それでいて快楽的な笑みを浮かべていた。
かの人はリマブィテアスンアナ・ダッチバーン・ディスピピアンス。
──サリエリちゃん。わたし、ダメだった。
メリーゴーランドにかかってるあのワルツみたいな曲って何でしょうね…分からないです。




