つきとばりきゃりうーまん と ふす
前回の続きになります。
「とらばさみ と ばりきゃりうーまん」と話が繋がっております。
あれから数日経ち、この世の者でない部類のフス──廢が罠にかかった森は腐敗していた。草木は異常な程に枯れ落ち、生き物は生きたまま腐敗していく。あれだけ鋭かったトラバサミはサビ付き、もはや数十年も月日を経たかの如し様相になっていた。
地面から顔を背けたくなるような異臭が漂い、森は死にかけていた。
──それがフスの異能なのだ。
腐りきりグズグズになったネズミを食いちぎっていると、ついにトラバサミが壊れ、彼女は自由の身になる。
それに気づき、数十時間束縛されていた足に気がむく。ペロペロと足を毛ずくろいするなり、近場に森の主が死に絶えているのを見つけた。
ご馳走だ。
大きな角を持つ、白い毛並みの牡鹿──だったが、もはやその美しさは失せて腐乱死体と化していた。
「グウウ」
フスは四つん這いで駆け寄り、腸を食い始める。美味とは思えない毒まみれの、砂利のような味を彼女は平然と食べてみせる。それが普通だからだ。
「あら、やっと罠から逃げられたの」
いきなり背後からかけられた声に、即座に威嚇体勢に入るも、あのキャリアウーマンはふてぶてしい顔をしたまま佇んでいた。
助けもせず、いなくなった薄情者である。
「ソレ、貴方の獲物?良かったじゃないの。たくさんお肉食べられるし」
「…ウウ」
「わたし、なにもしない。だって見てるだけのが仕事だもの」
岩窟のような闇がはまった黒目に己が写っているのをフスは不思議に思えた。この者は自分を認識できる──この世の者でない部類だ。
「ガウ」
「ねえ、ご飯食べ終わったら月でも見に行かない?」
「ヴ」
「だって貴方、犬か狼みたい。今日は満月なのよ」
眺めているだけだけどね。
女性は夜闇を照らす月光をチラリと見やり、またこちらへ視線を戻した。
普段、人の言葉が理解できないフスにとって不思議な感覚だった。この者と月を見ても良いのかも知れない、と思わせる何かがあった。
フスちゃんの頭の良さが私にも分かっていません。




