よやみのやせい
フスは歯が人間のままなので、肉を噛み切る力が弱い。獣にしては木の実も上手く砕けない。
人にしては野性に身を任す、獣には足りない──そんな不完全な生き物。
フスは人ゆえに野山に歓迎されぬ。口に入れた物は不味い砂利や腐肉になる。
飢餓地獄。フスは延々と地獄をさまよい、数多の自然を腐敗させてきた。彼女が通る道は生命が死滅する。
自然界から拒絶されたからだ。
「あー、アナタ、あの時の」
薄い色素の茶髪オンナがニヤニヤという。その唇からは鋭い牙が覗いていた。
「アナタ、確かフスって言ったよね?また人間の世界をウロウロしてるの?」
茶髪オンナは身軽な動作で木から飛び降り、近寄った。唸りを上げると彼女は身をかがめて、飛びかかろうとする。
「アハハ。どんなに人から逃れようとしても無理なの二ね」
「あの、偽天使に魂を売ったから自然から廃絶されるんだよ」
茶髪オンナは喋ってないかもしれない。もしくは幻聴か、違う言葉を話しているかもしれない。
「出ていけ」
「出ていけ、苦しむ者を見捨てた卑怯者」
「化け物に加担した卑怯者」
木々や建物が囁いて、フスは威嚇の鳴き声をあげた。
「ありゃ。行っちゃった」
──無意味名 パビャ子は牙を剥き、四つん這いで走っていったリクルートスーツ姿の女性を眺めた。
「早く誰か封印してあげないかなァ。アレが居ると肉が腐りすぎて美味しくないんだよなあ」
フスは飢饉の際に現れた天使なる人物に水をもらった。飢えていた自身は水を飲み干し、お礼を言い、水のありかを乞うた。
しかし天使はこれは人の力では生み出せない水だと言い、これから更に酷い厄災が来ると告げた。だから協力して欲しい──
頷き、了承しなければ良かっただろうか?
そうして村の人々に厄災が来る日を伝えようとしたが──一人の村娘に情を抱いた天使に唆され、逃げた。
逃げて、走り、やがてたくさんの人が天災により死んでいくのを見た。
天罰なのか。
フス(廢)は疾風のごとく走りながら吠える。さながら黒と茶のやせ細った野生動物が駆けているかのようだった。
キツネだ、と誰かが言う。
女性の悲鳴のような鳴き声はキツネのものだ、と。
キツネが土手にいるなんて珍しくない、と誰かが宥める。
女性の悲鳴に、慟哭に似ているね。こんな時期に、冬に聞こえるなんて。化け狐かもね。
他人事の誰かたちは言う。
フスちゃん。走るとめちゃ早いです。