えんぎもの
「人がいなくなるのは〜訳があるんじゃあ〜」
「ポギャッ?!」
突如、海へ続く路地に現れた老人に飛び跳ねるも、『おじいさん』の背後には黒く長い何かがあるのに気づく。この世の者でない部類だと二人は脊髄反射で身を固くした。
柔和な笑顔を貼り付けた老人はどこか、世間一般的に知られている大黒さまに似ている。だが手には不可解な布切れを持つのみで、異なる存在なのだろう。
「ワシは天津神に頼まれ港にやってきておった■■■■という名を持つしがないご老体じゃあ〜。やっとお役目ゴメンじゃあのう」
ワッハッハ!とどこぞのご隠居の如く高笑いすると、背を向けぬままズルズルと海に戻っていく。
「お疲れ様です」
「ワッハッハ!ワッハッハ!ハッハッハ!めでたい!めでたいのー!」
「…」
港町が全滅し、二人は僅かに歩ける程度の海岸沿いを黙々と歩いていた。
来た道を戻ろうとしたが警察がウロついており、脱出できない。仕方なしと海沿いを伝い歩きして他の場所へ行けないかと考えた。
「あっ」
不思議な大型犬が波打つ岩場で何やらガツガツと食べている。ようく観察してみると目が異様に大きく、犬ではないと直感した。
こちらに気づくとチャカナ、カナと鳴く。
それも口を開かず。
紛れもなくこの世の者でない部類である。
「人外魔境すぎます!」
小魚を貪り、犬はこちらを数秒凝視するなり、身軽に岩をぬっていなくなる。
「ミス(Miss)さん。ついていってみます?」
「ええ〜っ…」
人外の獣が消えたであろう突き当たりには洞窟があった。どうやら人の手で掘られた空間のようだが…。
赤毛の犬がチャカナ!と鳴き、奥まった間にある物体へ誘導してきた。
「わあ」
荒波や風から隠れるか如く、古びた白衣に埋もれた…行者の白骨死体があった。劣化はしているがまだ読めなくもない手帳を拾い、南闇はなるほどと口にする。
「何が書いてあるんですか?」
二人はあの港町には古来から、ある不思議な因縁があるのを知る。
──この港は皆で物忌みをして、海を見てはいけない風習がある土地だった。
さして普通である。各地を歩き回れば似たような風習はある。物忌みの日は偶然今日であり、行者を不審者を見るように港町の人たちに見られていた。
──海を見ていけない決まりがある日なの。だから早く違う場所に行った方が良いよ。
優しい子供に教えてもらい、鎮守の神社につくと…そこには海の神が祀られていた。海の神の名は分からず、代わりに神道の航海の神である神霊が祀られていた。が、掛け軸には異形の神が描かれている。どうも自分自身が存じている御姿ではない。
夜になり、そこであるモノを見てしまう。海から這い出た化け物だった。あれこそがかの異形の海の神。
海の神は吠えたてる犬を呆気なく食い殺し、作物を枯らす。まるで死を体現したかの如し所業に息を殺した。
アレは何なのか?なぜ、この港町へやってくるのか?
人々は必死に身を隠し、アレに見つからないようにするだけだった。どうしてあの化け物がやってくるのかも、始まりも分からず毎年、飢饉に襲われて苦しむ。
どうにかして救えないだろうか。
行者こそが訶梨帝母信仰を極めんと修行を積み、修験者たちが集まる場へ巡礼していたのだ。
怯え、気が触れそうになっていると、怪奇な比丘尼が現れ、お供をしている童女が一つ、宝珠を授けてくれた。
──我々は訶梨帝母こそではないが、似たような神仏を崇拝している。この宝珠はあの海の悪しき神を鎮める力になるだろう。
そう言い残し、比丘尼と共に去っていった。それからは自身の信心の元、修行をしながらも悪しき神に立ち向かうべく民へ教えを解いた。
だが信心深くなればなるほど、女子供が狂い出す。反面、海の神とされた化け物は宝珠がある一定の距離まで来ると引き返していく。人々は喜ぶが行者は耐えられなくなっていった。
やがて恐れをなした行者はこの洞窟まで来たが──狂った化け物に 食い殺された。




