こまだいいん
──ある港町の役員たちは町役場へ殺到する苦情を度々受け、疲弊していた。
「はぁぁーもうあそこの医院は廃墟化しているはずなんだがなあ〜〜…」
一人がポツリと言う。
「…誰かが電話番号をネットに書き込んだ、とか、でしょうか?最近イタズラが巧妙化していますし」
「いや、あの病院をご贔屓にしていた人たちの家から苦情が来てるんだ。ネットはありえないでしょ」
「じゃあ、幽霊から電話が?」
デスクで重たい空気が流れる。ありえない。
この倒港ではずいぶん前に大金持ちの医者一族がいた。医療機関が貴重な時代、ありがたいと港町は受け入れていたし、彼らも良く働いていた。
だが昭和まもなく急激に没落してから、一族は死に絶えたはずだ。忘れ去られた時の流れが突如飛躍して現れた。
もうあの建物には電話回線も、電気すら通じていないのに。
「青森の八甲田山で…風で電線が触れて、偶然通報になる事件ありましたよねえ」
「いや、あれは通報だろ?今回は──」
『──駒田医院でございます。ご予約お待ちしております──』
女性の声色で留守番が再生される。一回だけ町役場へかかってきた『いたずら電話』であった。
「やっぱり駒田医院…ヤンチャな奴らなら知ってますよ、いわく付きの心霊スポットですよね…どうします?」
「倉見、昼間に駒田医院があった場所を見に行ってくれないか?」
上司にいきなり名指しされた新人の女性役員は驚いた。
「ええっ?!わ、私が?」
「これ以上、理由がない現象に対処できない。頼むよ」
倉見は喉を食いちぎられ、無惨に地面に転がっていた。
駒田医院は風雨に晒され半壊しており、浮浪者すら住んでいないようだと安心した矢先に『野生動物』に襲われて死んだ。
「あーあ。一人で来るなんて、運が悪い。まったく」
禍根の術士の郷涅は半笑いで呟いた。
「まあ、何人来ようが訶梨帝母のご眷属には歯が立たないか」
背後で痛めつけられるリクルートスーツ姿のこの世の者でない部類の悲鳴を受けながら、書類を手に取る。
「駒田医院。医療の神を監禁した悪い医者の家だったっけ」
いつだか頼み込んできた医者になる男が居た。我が家に封じられた異神を解き放って欲しい。
駆け落ちするための、ただの私欲にまみれた理由だった。
若く、聡明そうな男性と町娘が深々と頭を下げて、郷涅と師匠である徒朧へ何度も頼み込んでは──。
(無事なはずがあるまいよ。あんなモノを解き放つ代償を背負って駆け落ちするなんて)
(わたしたちゃ、依頼されたモノを叶えるのが生業なんだ。そこに感情なんて入れちゃあいけねえか)
「ソイツはどうするんで?」
「遺体と一緒に縛り付けておくんだ。罰としてね!」
「はは、変なの」
この世の者でない部類に罰だなんて、あの人は正気なのだろうか?
(いづれにしても亡霊らが騒いでいる。良い機会だ。面白そう)
「郷涅、手伝え」
「はいはーい」




