はくじょうもの
乎代子は夢を見ていた。明晰夢。
なぜなら夢だと自覚しているから。明晰夢とはそんなものらしい。
それにあからさまな、安易な風景が広がっていた。川があり、木舟があり、人が渡るのを待っている──川と言うよりは赤黒い色をした何かがドヨドヨと流れ、周りには不気味な彼岸花が咲き乱れている。
川岸の向こうは伺えない。てっきり明るい世界があるかと想像していたが、靄がかかっている。
乎代子の仕事は『向こう』へ人を渡す事。
ひたすらにやってくる人を不確かな世界へ送り出す。チープな三途の川だと頭の隅で呆れていた。
人々はどこか陰鬱で俯いている。御礼すら言わず、黙々と舟に乗り──消えていく。
この動作に何の意味があろう?
あてどない時間をかけ、何かが潜む川を渡らせる。
「──お姉さん!貴方は、お姉さんよね?!」
いきなり見知らぬ人から詰め寄られ、困惑した。顔が丸っきりない。塗りつぶされたかのようだ。
「だ、だれ?!」
「ああ、お姉さん!どこへ行ったのかずっと探していたの!」
「えーっと人間違いじゃ…」
だいいち、彼女は自分より年上で、民族衣装というべきか。文化が異なっていた。
「しらばっくれるつもり?!ああ、どこまでも薄情な人!」
「ええっ?!」
女性は泣きながら、こちらの反応すら気にしていない様子で話し始めた。
「お姉さんがいないせいで、私たちは酷い生活を送ったんだから。私は家の働き手が減ったせいで身を売るしかなくて、お兄さまは官僚にもなれず戦争で死んだの!」
「いや、いや、ちょっと待って。私は日本人で」
「私が苦しんだのはお姉さんのせいよ。お姉さんはそんな良い服を着飾って、私は必死に汗水垂らしてやっと旦那さまと家族を築いたのに!」
半狂乱で彼女はがなり、ついにはどこから持ち出したのか──小刀でこちらの胸をついた。
「憎い!お前のせいで!」
「…うわああ!」
布団の上でジタバタと暴れているのだと気づき、乎代子は我に返った。夜だ。
近くには身を丸めたクスがスゥスゥと寝息を立てている。やけにリアルな、悪趣味な内容の夢にしばらく息を整えていた。
「…なんだよアレ。逆恨みじゃん」
悪態をつき、ふいに自分にもいたはずの肉親を思い出す。
彼女たちは自分自身を恨んでいるだろう。
(あーやめた。水飲もう)
夢は夢。深く考えても仕方がない。さっさと忘れて、明日をこなすだけだ。
久しぶりに更新しました。
健康的によろしくない日々が続いていて、まいっております。