ゆうれい なんて いないはず
──いつからだっけ。
「ラファティ。私が見えているのか」
そこまで更けていない夜であった。デパートに併設された広場で『彼女』が立っていた。まるで待ち合わせをしているかの如く、こちらを待ち受けて。
チープな7色に光る丸椅子の下、革靴に反射するはずの色味がない。
あれは幻覚か、幽霊。
幽霊は居ないとパビャ子も至愚も、サリエリ・クリウーチも言っていった。
だが、目の前にいるのはそう断言していたサリエリ・クリウーチだった。
「良かった。君に会いに来たんだ」
「ち、近寄るなよ…化け物」
周りには夜風にふかれてじゃれあうカップルや一夜を明かそうとする浮浪者がいる。下手に大声を出したら怪しまれてしまうだろう。
「化け物?失礼だな?僕ははるばるあちら側から、君を心配して逢いに来たのに」
生前と瓜二つの仕草、声色で彼女は振る舞い──とても不快な気持ちになった。
「…。ここにあの世なんてない。どこの誰だか知らないが…俺を茶化すなよ。ぶち殺すぞ」
「そうだ。あの世はない。だが僕たちは都合よくあの世を作り出す。そこにギャビーといるんだ」
「…そんな事ができたら、今にでも俺は」
自害して彼女の元に行ける。
「道連れにするためにやってきたんじゃない。しばらく話し相手になってやろう。そうして、君が本調子になったら帰る」
「それは約束か?」
この世の者でない部類には約束が重要だった。約束をすれば超越的な自称すら起こせる。
「そうだね。約束になるか」
わずに微笑んだあのサリエリはなんだか懐かしく感じた。
「…幻覚にしても悪趣味だ。精神科に行った方がいいのか?」
ラファティ・アスケラはサリエリ・クリウーチがこの世へ帰還したのを黙っていた。どうやら他の人には彼女は見えていない。
幽霊を探し求め、妹の影を探しているはずの乎代子さえ。
なら厄介な幻覚と四六時中、共にしながらも耐えるしか無かった。
気が狂いそうだ。
彼女は忘れていた思い出話をする。三人で何を話したか、ギャビー・リッターと和気あいあいと過ごした時間を。
最初は拒絶していたが、もう抵抗する気も失せた。ただ無反応に俯くだけ。
ゲッソリしているのか周りの人たちがたまに気にかけてくれる。だが、幻覚に悩まされているなどとは口が裂けても言えない。
ラファティ・アスケラは孤独になりながらも、しがらみがなくなったサリエリを眺めた。
彼女はこんな風だったろうか。こんな瞳や仕草をしていただろうか。
記憶とは曖昧だ。死んだ者の記憶を直ぐに改竄する。
「アパートにいるよく分からねえサリエリの方がマシだ」
「あはは、アレが僕だって?まあ、そう思いたければそれでいいよ」
「乎代子の気持ちがわかる気がする」
曖昧な幻想を追い求める乎代子の感覚が、嫌に分かる。バカバカしい。
「…そんな気持ちを理解させるために来た訳じゃない」
彼女の言葉に、口を閉じるしかなかった。